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ヘップってなんなん?【ヘップ親父の大学編-後編】 Vol.5

ヘップってなんなん?
ヘップの名称の語源として1954年、映画「ローマの休日」でオードリーヘップバーンが履いていたフロントオープンバックレスサンダルを親しみ込めてヘップサンダルと呼ばれた事だと業界では言い伝えられています。そのヘップサンダルを通称ヘップと業界で呼んでいます。
著作権の問題があるかもしれないので画像は載せることが出来ませんが、アン王女(オードリーヘップバーン)が街にくり出すシーンの中で、露店で履物を買って履き替えるシーンがありますよね。そのシーンの履物がヘップの語源と言われてます。興味のある人は休日に映画観てみて「ローマの休日」だけに笑

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3回生になる前に親から自宅通学をするよう言われ仕方なく自宅から通うことに、この年からゼミが始まる。

奈良県南西部の私にとって京都に行くには、一般的に橿原神宮前から京都駅というのが通常ルート。しかし、私が使ったルートは二上山の麓から阿部野橋へそして梅田から阪急電車で京都へというトリッキーなルートを選んだ。理由は簡単。そこにミナミがあるから笑

大学に行く予定が途中下車してよく顔を出していたミナミの溜まり場も、駐車場に変わっていてなんか思い出が一つ、また一つと無くなっていく悲しさを感じる。

この頃から小学校時代の友達ともよく遊ぶようになり、色んな大学生からなる2回生の時とは別のサークルにも顔を出すようになり、他大学の友人が増えそれはそれで楽しい学生時代だった。

その頃よく土曜の夜になると入り浸ってた地元のBARがあった。そこでは毎回、先輩達にご馳走になっていた。ある時、なぜご馳走してくれるか聞いてみた時の言葉がこうだ。

「俺らこそお前の親父に昔世話になってたんや。今度はお前らが後輩にそうしたらええ」粋なこと言うなぁ。そして、世の中ってそうして巡り巡って行くんやなぁと妙に実感する。

4回生になるとインターゼミナール大会が東京で開催されるということで、何を思ったのか何人かの仲間と大会に出ることに、大会は中央大学なのになぜか品川に宿を取るトンチンカンな学生だった。

そのインターゼミ大会で仲良くなった中央大学の学生にいろんなところに連れて行ってもらったのを思い出す。その時思った。東京は住むとこじゃない。遊ぶとこもしくは仕事するとこ笑

当然4回生なので、就職活動しなければならなかった。なぜなら家業を継ぐ気がその頃はなかったから。しかし、まともに活動していなかったにも関わらずすぐに1社決まった。理由はわからない。しかし、父からそこはやめとけと言われた、後になって分かったが、ちょっとヤバめの会社だった。

実は、就職活動にみが入らないのにも理由はあった。先ずは卒業できるか不安だった。そして、広告代理店を経営している前述の先輩の一人に、留年したらバイトさせてもらって卒業後はそのまま就職させてもらう約束になっていたからだった。

しかし、どうにも就職が決まらない息子を見かね、父のコネで1社紹介してもらって、就職内定をもらえた。いつの世もコネは大事にせねばと思った。

そして、最後のセレモニーそうゼミ卒業旅行である。当時のゼミ担当教授も誘いサイパンへ行くことにした。教授もゼミ卒業旅行で海外は初めてのようでとても喜んでくださってたのを覚えている。

空港に着いて気がつくことになるのだが旅行の帰国日が、実は卒業可否の結果発表の日だった。けどそんなことなど忘れたかのようにみんな意気揚々で、散々遊んでもうこれ以上無理というくらい楽しかった。

けど帰りの飛行機の中はお通夜のようだった。CAさんから何かあったかと心配されて、帰国の機内では話を聞いて頂いた記憶がある。結果はVol.6でお楽しみください。

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