見出し画像

【ジャンププラス原作大賞 連載部門】モノクロームラベッジ 三話

●研究所(ニオの回想・暗闇)
 暗闇の中、息を切らして走る幼いニオ。
 白衣を着た研究所の職員が、ニタニタと笑っている。

職員女「だめよ、ニオちゃん お薬の時間よ」
ニオ「飲みたくない!」
職員男「澤渡さわたり所長に怒られるのは いやだろう?」
ニオ「父さんも母さんも嫌いっ」

 周囲に散らばるカプセル。
 ニオ、転びつつ、暗闇の先にある扉を開ける。

ニオ「兄さんっ 兄さん、助けて!」

 真っ白な室内に出る。
 椅子しかないただの白い空間。
 そこの中央に、幼い頃のぬえが天を仰いで座っている。

ニオ「兄さん……?」
鵺「ニオ お前にはあれが見えるか」

 天を力なく指さす鵺。
 ニオは鵺の側に近付き、天井を見る。
 空気孔から月だけが見える。

ニオ「何? お月様?」
鵺「……お前には見えないんだな」
ニオ「他に何かあるの?」
鵺「わかった もういい」

 瞬間、ぶわりと黒い霧が立ちこめる。
 吹っ飛ばされるニオ。
 地面に倒れながら、立ち上がる鵺を見つめる。

ニオ「兄さん!?」
鵺「ふふ……」

 部屋がガラガラと崩れていく。
 黒い霧をまとった鵺が手を振る。

職員女「ギャアアァッ!」
職員男「やめろ、やめ うわぁぁあ!!」

 ニオの周りには死体の山。
 職員たちが首を切られ、腹を割かれ、苦痛の中で死んでいる。

ニオ「ひっ……」

 尻餅をついたまま、後退するニオ。
 べちゃりと手に血溜まりがつく。
 恐る恐る振り向くニオの先に、一組の男女――その死体。
 
ニオ「……父さん、母さん」
鵺「ほら これで怖いものはなくなった」

 背後から鵺がニオの首を、静かに両手で包む。

鵺「痛いものも、怖いものも 全部消したぞ」
ニオ「にい、さん」

 陶酔したように微笑む鵺。

鵺「お前だ お前がいるから俺はこうした」
ニオ「……違う」
鵺「お前の周囲では死の香りしかしない 今までも これからも 未来永劫」
ニオ「やめて!」

 ニオは身を丸めてかぶりを振る。

小折こおりの声「ニオ」

 ハッと、涙顔を上げるニオ。
 視線の先、血溜まりの中で倒れ伏す作務衣姿の男。小折源十朗げんじゅうろう(43)。

小折「逃げなさい ニオ」

 大人姿の鵺がいつの間にか小折の側にいる。
 鵺の長い爪が血に塗れている。
 震え出すニオの姿も、現在と差ほど変わらない。

ニオ「……師匠」

 ニオが駆け出した瞬間、鵺が長い爪を振り下ろし――

ニオ「やめろぉぉぉぉぉおおお!!!」

 血飛沫が舞う。

●海上都市天城あまぎ東区・病院の一室(昼)

ニオ「……っ!」

 目を覚ましたニオ。汗だくのまま、勢いよく上体を起こす。

ニオ「あ、つっ……」

 痛みを感じ、後頭部を押さえる。

木場きば「大丈夫かい」
ニオ「……?」

 木場、ニオのベッド横に腰かけながら、読んでいた紙の本を閉じる。
 ニオはいぶかしげに周囲を見渡し、態勢と息を整える。
 周囲にはベッドの他、椅子、サイドボードがある。
 それ以外には、窓の側に枯れ気味の榊と梅の木が植えられた鉢植えが数個。

ニオ「ここ……」
木場「東区の病院だよ よく異能持ちが利用していてね」
ニオ「……あなたは」
木場「うん? 声でわかるだろう 天城警察第七課の木羽勇斗ゆうと

 木場はサイドボードに本を置き、スーツの懐からコンパクトを取り出す。
 コンパクトからNドラッグをつまみ、舌の上に載せた。
 ニオ、惚けていた顔を引き締める。

ニオ「あなたが木場……ですか」
木場「そう とんでもない初対面になったけど よろしく」
ニオ「わたしがあなたの声を聞いたの どうして知ってるんですか」
木場「チップに監視ウイルスを入れたんだよ 君の動きを読むためにね
   十前ここのつも多分 同じことをしたんじゃないかな」
ニオ「……どちらのチップを読み取ったにせよ
   わたしたちはあなた方の監視下にあったということですね」
木場「理解が早くて助かるよ」

 胡散臭い笑みを浮かべる木場。
 ニオ、ちょっとムッとしたのちすぐに気付く。

ニオ「あとりさん、あとりさんは!?」
木場「大丈夫 間宮くんがついてる それに彼女の方は気絶していただけだからね
   ほとんど呪気じゅきは浴びちゃいない ……君の方が重体だったはずだけど」

 木場、肩をすくめて平然と。

木場「もうほとんど呪気が抜けてるとは
   それも澤渡製薬の研究所で 人工的に産まれたおかげかな」
ニオ「……」

 ニオは表情を消して木場を見つめる。

ニオ「どこまで知っているんですか」
木場「君のことはあらかた 
   澤渡製薬で人類初、人工の『鳩』として生まれ落ちた存在 ……それが君だ、澤渡ニオ」

 ひゅう、と風が窓から入ってくる。
 カモメの鳴き声に、ニオは溜息をついた。

ニオ「あいつのことも?」
木場「ぬえのことかい まあ、本当に幼いときにしか会ってなかったけど
   知ってることは知ってる」
ニオ「幼いときって……」

 続けようとしたとき、病室の扉が大きく開く。
 そちらを見る二人。
 ケロッとしたあとりが立っていた。

あとり「ニオー」
ニオ「……」
木場「あれ 間宮まみやくんは?」
あとり「聞いてニオ 間宮がいじわるする」
ニオ「はあ」
間宮の声「あとりん、あとりんってのっ」

 あとりの後ろに現れた間宮、はっとニオたちに気付いて。

間宮「ニオたん! よかった、目ぇ覚めたんだな」
ニオ「……おかげ様で」
間宮「いやー かなりまずい状態になってたからなー 心配したんだぜオレ様」
あとり「ニオ 間宮が食べ物をくれない」
間宮「あのねあとりん 入院患者に勝手に物食わせたらだめだろよ?」
あとり「ケチ」

 木場、座りながら呆れたように額へ手をやる。

木場「ここ、病院だから もう少し静かにね」
間宮「あ、サーセン」
木場「まあいいか あとり、だっけ? 君もこっちへ 話したいことがあるから」
あとり「?」
ニオ「……あとりさん 部屋の中へ」
間宮「オレ様も入っちゃおうっと」

 あとりと間宮、部屋に入ってくる。
 木場が立ち上がり、あとりに椅子を譲る。

木場「さて、澤渡」
ニオ「苗字で呼ばないでくれますか」
木場「了解 じゃあニオ 考えてくれたかい、スカウトの件」
ニオ「お断りします」
木場「別に警察側に組みしろというわけじゃないんだよ
   祓滅ふつめつ教会に入ってくれても構わない」
ニオ「……」
木場「はっきり言って 今の君じゃ彼を倒せないのは明白だよ」

 ニオ、木場から目を逸らして軽く唇を噛む。

木場「君の神力しんりきを調べた 寝ている間に、という文句はなしで
   最高レベルが菊花として 君はその下の梅花クラスだ」
ニオ「だから、なんです」
木場「ランクSの邪奇じゃきが君の狙いなら
   菊花レベルの異能持ちが最低でも三人は必要になる
   とりわけ君たち二人組には 君たちの援護をすべき『鴉』がいない」
ニオ「……あれはわたしの獲物です」
木場「殺されかけていたのによく言えるね」
ニオ「っ!」

 木場を睨み付けるニオ。
 持った本を左右に振って、笑う木場は平然としている。

木場「これはもう スカウトというより決定事項なんだよ」
ニオ「何を……」
木場「だって君たち 入院費払える?」
ニオ「あ」
間宮「ニオたん 逃げようとしても無駄だぜ? ここの警備もオレたち祓滅教会がしてるから」
木場「そういうこと さて、どちらに入りたい?」

 ニオ、大きく溜息をつく。
 シーツを握り、うつむきながら思案顔。

ニオM<選択肢は一つか>

 あとりの方をチラッと見る。
 あとりは椅子に腰かけ、スリッパの足をブラブラさせたまま。

ニオ「……祓滅教会の方に入ります」
間宮「マジ? やりぃ、新人ゲット!」
ニオ「ただし あとりさんも一緒に」
あとり「?」
木場「そうだね 教会にはクセが多い人間も多いけど
   正直君は警察に向いているとは思えない 賢明な判断だ」
あとり「ニオ あとりたち、どこかに入るの?」
ニオ「間宮と同じ職場に入ります あとりさんはそれでもいいですか」
あとり「間宮 そこはごはん出る?」
間宮「めっちゃ出る 好きなだけ食える」
あとり「ならあとりも行く」
木場「決まりだね それじゃあさっそく、十前に連絡を入れよう」

 木場が本を持ち、退室しようと体の向きを変えた直後。

十前「その必要はなくてよ!」

 扉が開き、スーツ姿の女性が高らかに声を上げた。
 固まる三名。
 あとりは小首を傾げる。

十前「祓滅教会の責任者 十前由良ゆらとは私のことっ
   ちょっと前からいたけど 入るタイミングを逃したわ!」
木場「十前 ここ病院……」
十前「関係なくてよ! 間宮、その子が起きたなら警備の手助けにお行き!」
間宮「う、うッス!」

 十前と入れ替わり、急いで病室から出て行く間宮。
 ヒールを鳴らし、十前は堂々と中に入ってくる。

十前「澤渡ニオ、それと、あとり! 二人を中央支部に迎え入れるわ
   でもその前に テストを受けてもらうからっ」
ニオ「……テストですか」
あとり「テストって食べれる?」
十前「食べ物ではなくてよ 詳しいことは退院してから 今は養生なさい!
   あとは部下たちが対応するわっ」
木場「え、それだけ?」
十前「だってあなたがほとんど説明したじゃないの、勇斗」
木場「堂々と入ってきたから 何か他にあるのかと」
十前「ないわね!」

 ニオと木場、同時に溜息をつく。
 十前、颯爽と踵を返して。

十前「あなたは小折さんのお弟子だもの、ニオ 荒っぽく扱わせてもらうわよ」
ニオ「……!」

 ニオが顔を上げるも、すでに扉は閉まっている。

木場「まったく、十前はいつもああだ」
ニオ「……」
木場「まあ 彼女が言うとおり今は英気を養って
   それじゃあ僕も失礼するよ」

 手を振り、木場も部屋をあとにする。
 一気に静まる空間。
 あとりを見つめ、ニオは恥ずかしそうに。

ニオ「ごめんなさい」
あとり「なにが?」
ニオ「あなたがお母様を探してらっしゃるなら
   警察側に行かせた方がよかったかもしれません」
あとり「あとり、おかーさんに会える気がする
    だからここにいればだいじょうぶ」
ニオ「そう、ですか」

 ニオ、海鳥が飛ぶ窓側へと目線をやる。

ニオM<小折さん 必ず仇は取りますから
    この手で殺します あいつを>

 入ってきた風に、あとりは気持ちよさげにしている。
 長い白髪を耳にかけるニオ。
 海鳥が啼き喚く外、海上都市天城のビル群が建ち並んでいる。

【第三話 完】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?