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靉 靆・・・齋藤 慶太

愛:会意。後ろを顧みてたたずむ人の胸に、心が加わった形。立ち去ろうとして後ろに心がひかれる、その心情の意。
隶:形声。祟りをもたらす獣の尾を手に持っている形で、禍を他に及ぼすことで祟りを祓う意。転じて、およぶ、およぼすこと。

 ある雨の休みの日を見計らって、十年近くのあいだ引き出されることのなかったレコードが眠るダンボールを久しぶりに掻き回し、針を落としてみた。ただその時に聴きたい気分であるかそうでないかだけでそれらを選り分けていくと、やがて後ろの壁に立てかけられたレコード二面分の広さが床を埋めることとなった。右側にある「そうでない」レコードたちを大きめのリュックに押し込み、思い切って中古レコード屋に持っていってしまう。そうすると、レコード一面分の面積と、ダンボールひと箱分の体積が新たに部屋のなかに生み出されことになる。街を歩いたり人と話したり、些細な生活をしているうち、自然と新しいレコードが一枚ずつ、その隙間を埋めてゆく。結局のところ、日が経つにつれ新たな場所を作らなければならなくなってしまうのだけれど、きっとそれはレコードに限った話ではなくて、人の生き方も往々にして同じようなものだな、とふと思った。

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