見出し画像

大谷嘉助・石見の歌人

島崎藤村の紀行文『山陰土産』は、大阪から、山陰線本線を使って島根県の西端・津和野まで旅する紀行文。
島崎藤村と親交があり益田市を案内する「大谷君」こと大谷嘉助は、山崎方代なども参加した歌誌「一路」に参加し、自らも地元で「蘭の花」を創刊した石見の歌人です。

私はまた大谷君のやうな思ひがけない知己がこの土地にあることを知つた。
「益田までお出掛けはあるまいと思つてゐましたよ。」
 さう大谷君はいつて、出來るだけの案内をしようと約束してくれた。
 土地の人達の心づくしから、その晩は宿の二階で鷄二と一緒に夕飯の馳走になつた。座には、龜井君、田中君、大谷君なぞの外に、益田の農林學校、高等女學校に教鞭をとる人達、その他の顏も見えた。こゝで味はふ高津川の鮎もうまかつた。

島崎藤村『山陰土産』

島崎藤村は、大谷君の案内で、雪舟ゆかりの地や高津の柿本神社を訪れています。

高角山にある柿本神社の境内は人麿が墳墓の地ではないまでも、古くからその靈が祭られたところで、私達はその話を神社の宮司からも、高津の町長隅崎君からも、そこまで同行した益田の大谷君からも聞いた。

島崎藤村『山陰土産』

島崎藤村『山陰土産』は青空文庫で公開されていますので、文豪の筆による山陰各地の風物や魅力をご一読ください。

さて、「大谷君」こと大谷嘉助は、雪舟の作と伝わる日本庭園を有する「医光寺」門前に造り酒屋を経営していました。歌集には、酒造りを詠んだ歌も収録されています。

二重扉の奥にこもりて終日を働く麹室の暗き灯
※麹室(むろ)

つと入れし櫂の手触り泡の音ひとりうなずきまた櫂を入れる

夜を深く泡守る心つくづくに氷雨の音も聞くべかりける

我が造る酒の噂に我が耳は兎の如し伸びて鋭りて

大谷嘉助『人間なれば』  
大谷嘉助創刊「蘭の花」※現在は休刊

晩年は家業をご子息に任せて若い頃に従事されていた弁護士の仕事に復帰されるも、健康がすぐれず岡山県の病院に入院し故郷を想いながら歌を詠まれていたようです。

つはぶきの咲く日となりぬこの花の故に喜ぶまだ生命あり

つはぶきの咲く日となりぬ「菊弥栄」いよいようまし友が待たるる

石見の海夢にのみ見て相見ざること久しくて病床に臥す

石見の海磯馴の松につはぶきの花を配して病褥に臥す

大谷嘉助『我を求めて』


大谷嘉助の酒蔵は、現在も子孫の方が受け継がれ「岡田屋本店」として営業されています。
代表銘柄の「菊弥栄」の他、地元産柚子を使ったリキュール「ゆずゆず」や市内に自生する黒文字を使用したクラフトジン「森恩」、ノンアルコールの「甘酒」などを製造。お酒・飲料の種類が豊富で、幅広い人気のある島根県を代表する蔵のひとつです。

今年10月には、大谷嘉助の酒「菊弥栄」をはじめ、石見の酒蔵や西日本各地の酒蔵が飲食店とコラボして飲み歩きを楽しむイベントが開催されます。
【さま酔ひ酒2023】
●日時 2023年10月29日(日)
    12:00~17:00
●場所 益田駅前飲食店街
●料金 前売り1500円、当日2000円
    チケット販売は参加各店舗
詳しい情報は、主催者のSNSでお知らせされます。
https://www.facebook.com/profile.php?id=100054452292347

遠方の方へは、広島や山口発着のツアーもございます。日本酒や短歌や文学に興味のある方、ぜひお越しください。