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シェアハウス殺人未遂事件

2021年12月某日。
当時住んでいた都内家賃1万5千円のシェアハウスで殺人未遂事件が起こった。

上京して数年、元々住んでいた家を諸事情で出なければならなくなった。その時の私の全財産は65,503円。なんとか有り金で住める家はないかと探した結果見つけたのがそのシェアハウスだった。
初期費用は59,000円。ギリギリだった。

シェアハウスは4階建てで、私は女性専用フロアの2階に住むことになった。どのフロアにも女性は住んでいたが、専用は2階だけだった。
2階には部屋が3部屋あり、個室が2つと3人部屋が1つ。私の部屋は3人部屋だった。
ロフトベッド3台が犇めき合う10畳の部屋。そのロフトベッド1台分が家賃1万5千円で勝ち得た唯一の私のテリトリーだった。レースカーテンで仕切っただけのスケスケなプライベートスペース。天井は空柄。刑務所か?と思ったが、ただの白よりは確かに心持ちが明るくなる良い効果があった。トイストーリーの子供部屋みたいだなと。

プライベート空間はないに等しく、心安らぐ自宅かと言われると考えものではあったが、一人暮らしでは絶対に得ることのない経験ができていたので然程不満はなかった。

そんなある朝。
ノックの音で目を覚ました。勘違いかと思い二度寝しようとすると、もう一度ドアが叩かれた。仕方なく梯子を降りて対応する。
入居初日に壊れたため鍵の掛からなくなったドアを開けると、紺色が多めの男性が立っていた。
警察官だ。情報処理に少し時間を要した。何故警察が?思い当たる節はないが絶対にないかと言われると自信はなかった。止め処ない思考を巡らせていると、

「通報があって参りました。通報された〇〇さんはあなたですか?」

〇〇さんは明らかに日本人の名前ではなかった。

「違います。」

そう答えた瞬間、階段の方から男性の

「離せ!!」

という大声が聞こえた。

「あなたは来ないでください!」

と言い残し、警察が迅速に4階に駆けつけ男を取り押さえた。床に金属が落ちる音が聞こえた。
間も無くしてパトカーのサイレンが聞こえ、男は逮捕された。

その後私も事情聴取を受けた。私は犯人の男性との面識は一切なかったために提供できる情報はないに等しかった。反対にそこで知り得た情報はいくつかあった。この建物の4階で殺人未遂事件が起こったということ。被害者はベトナム人女性で加害者は日本人男性だということ。私が寝ていた2階にも、台所から包丁を入手するために犯人が侵入していたということ。犯人は犯行時、片手に3本ずつ、合計6本の包丁を有していたということ。そんなところだった。

後日他の住民に聞いた話によると、犯行の同期は犯人の自分勝手な嫉妬心によるものだったという。
4階は部屋こそ隔たれているが同じ階で男女8名が共同生活をしていた。キッチンとリビングは共用部になっていて、テーブルやテレビもあり食事はそこで摂るきまりになっていたので同じ階で生活する住民はそこで打ち解けあったりもしていた。
そんな中で犯人は一人の女性に勝手に恋心を寄せていたが、女性が他の男性と仲良さげに会話をしていたことに逆上して今回の犯行に及んだのだという。
そんな頭のおかしいやつと同じ建物に住んでいたと思うと流石に恐ろしく思えたので、早急に引越しを決めた。半年シェアハウスに住んだことで引っ越しの費用は十分に貯められた。

シェアハウスでの毎日は非日常的で刺激があった。何より安価なので貯金もしやすかった。同じフロアの女の子と仲良くなり、その子が八百屋に行くたびにフルーツのお裾分けをもらったり、人の温かさにも触れることができた。
だから、私にとってシェアハウスに住んでいた半年間は捨て難い甘美な思い出だ。
殺人未遂さえなければ。


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