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自由という資産


変身資産がわからない

『LIFE SHIFT』は優れた生き方本であるが、その核心にある「変身資産」がわかりにくい。

『LIFE SHIFT』では、我々が持つ無形資産に着目して、その使い方が人生の選択を豊かにすると説いている。
その無形資産として「生産性資産」「活力資産」「変身試算」の3つをあげている。「生産性資産」はスキルや知識など仕事の生産性を高めるため、「活力資産」は明日の活力をえるために蓄える資産である。

そして3つ目の「変身資産」は、その名の通り変身のために必要な資産である。誰もがステージ移行を繰り返すマルチステージ社会の到来が前提にあり、そこでは何度もステージを移行し、変身することが求められる。
そこで「自分に対する知識」「多様な人的ネットワーク」「変化に対する姿勢」といった「変身資産」が備わっていれば、変身が容易になるとともに、変身に伴うリスクや不安にしっかり対処できるという。

疑問は膨らむばかり

その中で「多様な人的ネットワーク」はわかりやすい。多様性に富んだ人脈があれば新しい情報がもたらされ、自分が描く変身のロールモデルを見出したり、仕事仲間や友人とは違った形で多くの刺激が得られる。

最初の「自分に対する知識」とは、自己分析により見出す自己アイデンティティである。借り物のペルソナではなく、自分で進路を決めることが重要なのは理解できる。
しかし、”自分探し”が徒労に終わるように、自分のアイデンティティは自己分析したからといって見つかるものでない。できるのは過去の自分の選択を振り返ることぐらいではないか。

また「変化に対する姿勢」は、前例のないアイデアを受け入れる姿勢や、常識や慣習を疑う姿勢といったものである。確かにそれが備わっていれば変身は容易になりそうである。しかし、そんな柔軟な姿勢や、進取の精神を、後天的にどのように獲得して蓄できるのか、疑問は膨らむばかりである。

無形資産 -生産性資産
     -活力資産
     -変身資産 -自分に対する知識
           -多様な人的ネットワーク
           -変化に対する姿勢

LIFE SHIFT

変身するという自由

そこで、別角度から「変身資産」を考えてみたい。
ここでの変身とは、自分の選択に基づいてステージを移行し、自分自身を別の姿を変えることを指している。

それは、まさに「自由」な状態である。
自由とは、やりたいことが何でもできることではない。やりたいことを自分で決めて、責任を持つことである。

エーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』で、自由を、個人が独自の選択を行い、自分自身をコントロールする能力とした。
他人から指導や干渉を受けず、すべて自分の責任で選択し、行動する自由。しかし、人は自分の行動全てに責任を負えるほど強くなく、自由を避けるようになる。せっかく自由を手に入れたはずなのに、他人に頼りにして自己を失ったり、権威へ服従したりして、自由から逃避する。

そこで、自由を享受し続けるには「自己認識(Self-awareness)」と「他人への共感(Empathy)」が必要になるという。
「自己認識」とは、個人が内面にアプローチし、自己を探求するプロセス。感情や欲望、価値観、能力などを理解することで、ようやく自己をコントロールできるし、自己の目標や目的に合った行動を選ぶこともできる。
一方、「他人への共感」は、他人の立場や感情に共感をよせる能力であり、対立や誤解を減らして健全な人間関係を構築するとともに、他人との協力や、他人と共同での問題解決を促す。

こうして人は自由になるのだが、なかなか難儀である。簡単に維持できない。
しかし、自由を維持できれば、他者と自己の狭間で自己同一性が確立され、安定感と充足感をえることができるようになる。

変身資産とは自由資産の一部

もう一度「変身資産」を点検してみたい。
「自分に対する知識」という変身資産は、自由の要件である「自己認識」そのものである。自己認識の能力があれば、自分に合った選択が可能になる。

また「変化に対する姿勢」とは、フロムのいう自由の状態そのものである。自由でなければ、常識や慣習、さらに権威からも影響を受け、また他人に惑わされて独立した選択ができないはずである。
自由であれば、ステージ移行が必要な時に、適切な変身が滞りなく選択できるはずである。また、その後の行動にも責任が持てる。
つまり、「変身資産」とは、自由な状態を作る能力という意味で「自由資産」といえる。

『LIFE SHIFT』では、ステージ移行時、変身への抵抗を乗り越えるために必要なものを「変身資産」と捉えていた。
しかし、「変身資産」を「自由資産」と広く捉えると、ステージ移行時だけでなく、変身・転身をしない時にも「自由資産」が生きるはずである。

このように「自由資産」がもたらす常識に囚われない柔軟な姿勢や進取の精神は、仕事や日常生活のあらゆる場面で、創造的な成果を生み出す。
そして、「自由資産」は、困難な状況に直面している時、より自分らしい判断を可能にする。

マルチステージ社会においても、一つの会社で一生を過ごすフルタイム・ワーカーがいる。そのように自発的に変身を選択しない人達にも「変身資産」=「自由資産」は必要なのである。

(丸田一葉)

備考)エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』東京創元社
リンダ・グラットン、 アンドリュー・スコット『LIFE SHIFT』東洋経済新報社

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