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限りなく透明な空気の中で、思いを綴ってみました 2

うちのカミさんは野草、山菜が大好きである。 

どうも子供の時分からそうだったらしい。

学校の帰り道には文字通り『道草を食ってた』そうだ。

雑草を摘んでは家に持って帰り料理?して食べたりもしてたんだと。

てな訳で、私はかみさんと一緒になってから実に様々な雑草を食べる人生となった。

独身の時は、仕事仲間に教えてもらった、フキ、ワラビ、を食べるくらい。山仕事だったので、キノコも様々食べた。仕事で覚えたキノコは、ちなみに、ハタケシメジ、タマゴダケ、キクラゲ、ユキノシタ、初茸、ナラタケ、むらさきしめじ、むきたけ、ラクヨウタケ、イクチ、香茸、岩茸、サクラシメジ、あとは思い出せない。

カミさんと食べた山野草は、よもぎ、コゴミ、スミレ、カタクリ、ハルジオン、アサツキ、ノビル、ユキノシタ、タンポポ、桑の葉、クズの花、山葡萄、コクワ、スベリヒユ、アカザ、つくし、スギナ、ニセアカシアの花、ハコベ、アイコ、フキノトウ、タラの芽、コシアブラ、ニリンソウ、こしゃく、カデナ、ウルイなどなど。

あとはお茶や、薬用酒に、ゲンノウショウコウ、センブリ、キンセンカ、松の葉、クロモジ、マタタビ、柿の葉、など。

元々、漠然と田舎に住みたいという気持ちで、初めは信州の山奥の村に一人でいたのだが、カミさんと一緒になってからは自然の物を知りたい、食べたい、という気持ちがグングンと成長していった。そして、自分で作りたい気持ちも芽生えていった。

二人で自給自足に近づいた生活がしたいと、住む場所探しも始まった。

また自然農法を学ぶべく、川口由一さんの講習にも何度か参加した。限りなく自然な農法に惚れ込んだ。

東北なら広々とした場所でのびのび暮らせるべ、という軽いノリでヘビーな引っ越しをし、空き農家を借りての山仕事のかたわら、田畑を少しずつ始めた。

田んぼは結構手植えをした。2条植の田植え機をいただき、完全に詰まったキャブレターを分解、修理し動かせた時は新たな扉を開けた気がして嬉しかった。それからは機械植えになった。薬を使わないので、実に様々な水生昆虫がやってきた。

稲刈りは家族総出で(犬、鶏、ウサギも)ハセ棒に稲をかけた。小学校に上がる前の娘の作った『顔のおにぎり』をみんなで頬張った。

漬物も結構作った。一番頑張ったのは梅干しかな。

一時期は毎年、うめ50キロを取り寄せ、木樽でつけた。梅干しは土用のころ、三日三晩干すのだが、直径50~60センチの平なザルに真っ赤な梅干しが、確か14枚ほど並ぶのは壮観だった。

金は無くても生活感は充分にあった。

山に幼い娘を連れ、丸太を運んできて、うちで薪割りをし、娘も薪積みをよく手伝ってくれたが、そんな時、『生きてる実感がする!』と、よく言っていた。

薪の手触り、匂い、静かな時間は、確かに『生きてる実感』として娘の記憶に残るんだろうな〜、なんて幸せの時の中で感じていた。

今朝、パンをこねながら家族の喜ぶ顔を想像する幸せを感じる。

人にとって生活とは、家族のため、隣人のために、心を込めて何かやれるってこと、ともに喜び合えることなんじゃないかと思った。

世の中、仕事、その他に生活時間のほとんどを費やしている人が多いが、家族と時を紡ぐことを見直した方がいいんじゃないか、そんなことをこのコロナ禍で思い始めた人も少なからずおられるのではと思う。

何だかんだ、一番大切なものは『心』ってことで、自分の心、人の心と向き合う時を意識的に増やしていくと豊かな生活につながっていくんじゃないかなと思う。

今日は日中プラスの気温になり雪解けが進んだ。屋根の縁にせり出ていた分厚い氷もほとんど落としてやった。小鳥たちは午後も元気に餌を食べに飛んできた。

確実に春はそこまでやってきている。

まだ流氷見にいってなかった!来週は行きたいな〜。

それでは今宵はこの辺りで。

おやすみなさい。


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