風力発電環境アセスメントの規模要件緩和について

 風力発電の規制緩和について「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」でとりあげられ、話題になっています。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2020120101158&g=eco

 今後議論が錯綜すると思うので、あらかじめ整理しておきたいと思います。環境アセスメントにも色々あるのですが、今議論になっているのは法律で義務化されている法アセスメントで、その対象となる事業規模の引き上げの是非です。会議の様子と資料はこちらです。

https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/conference/energy/e_index.html


事業者団体である風力発電協会からの要望は資料3-1にあります。
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/conference/energy/20201201/201201energy03.pdf

環境省からの説明や回答は資料3-2です。
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/conference/energy/20201201/201201energy04.pdf

三行でまとめると、規模要件の緩和を求める事業者団体の提案に対して、環境省が部分的に合意しながらもすぐやるとは言わなかったことに対して、緩和を強く求められたというお話しでした。割ともやもやする議論で、今後の成り行きが心配な感じもします。会議での主要な論点は

・科学的知見を踏まえた規模要件の妥当性
・環境アセスの合意形成機能

の二つと読めます。事業者側の指摘と環境省側の応答はそれなりにかみ合ってます。加えて、アセス制度の外側にある要因についても考えておく必要があります 。三つの論点についてそれぞれ論じていきます。

科学的知見を踏まえた規模要件の妥当性
 環境アセスに規模要件が設定されている前提として、事業の規模と環境影響が相関するという想定があります。事業が大きくなると開発に必要な土地改変の面積も広くなるので、なんとなく合理性がありそうな気はします。風力発電に対する法アセス導入時の議論については環境省資料(3ページ)で紹介されていますが、色々悩んだ形跡も読み取れます。騒音や鳥など課題による違いもあり、必ずしも規模と影響が関連しないということも把握していたようです。根拠が難しい中で予防原則的な考え方もとったうえで、とりあえずの線引きが必要という判断で決めたことが見て取れます。

 風力発電へのアセスが義務化されたのは2012年ですが、その後NEDOの既設風力発電設備の調査https://www.nedo.go.jp/content/100780330.pdf)など、騒音の影響は実際には直近数本分に限られるという報告も出ています。植生などへの影響を考えても規模要件が合理的ではないと考えられる部分もあります。風力発電は一本あたりの出力がまちまちで、同じ20メガワットでも2メガワット10本と5メガワット4本とか、色々なパターンがあり得ます。規模要件による線引きはこれらが全て同じ環境影響と見なしていることになります。諸外国の例を持ち出すまでもなく、事業者からするとそこら辺に不合理を感じるということかと思います。その一方で規模要件の必要性を強く支持する調査は私の知りうる限りでは確認できていません。予防原則はあくまで価値判断ですから、事実を把握しながら判断を改める必要があります。規模ではなく場所の特性で考えるべきだということは環境省も同意し、規模要件見直しの必要性そのものは認めているように思えます。ただ、その時期については温度差があり、今回のタスクフォース会合ではその点を指摘されています。

環境アセスの合意形成機能
 環境省の肩を持つわけではありませんが、慎重になる理由の一つは紛争化への懸念ではないかと思います。環境省の資料でも合意形成が課題になっている傾向が示されています。引用されている図そのものは若干ミスリーディングですが、一橋大学などが実施した自治体アンケートでもトラブルへの懸念が増えているという傾向は見て取れます(あくまで懸念ですが)。

 環境アセスメントはコミュニケーションについての手続きを義務づけている制度なので、これを外すことによる反発の増加や、紛争化する案件が増えることへの懸念があると思われます。それはそうだと思います。規模要件をゆるめると事業者の判断になるわけで、地域対応を丁寧にやらない事業者はもめるリスクと引き替えにスピーディーな開発を進めることも可能になります。太陽光で起こっていることです。そこら辺は社会的制御ではなく市場原理にゆだねる(駄目な事業者は時間がかかって自滅する)という判断をしているということになります。それもアリなのかもしれませんが、どうなのでしょうか。

 ただ、コミュニケーションや合意の問題は本来環境アセスメントだけに被せるべきことではありません。環境アセスメントでは社会経済的な側面も含めて議論することも可能なのですが、現実的には環境の影響だけを対象としており、開発に伴うメリットデメリットを幅広く議論する場にはなっていません。事業者が実施する事業アセスメントでは実施場所そのものの可否の検討までは行われていません。事業者が動き出す前に国や自治体が戦略的環境アセスメント(wiki)を実施すれば地域の問題として発電事業の是非や場所を検討することが可能になります。現在環境省が行なっているゾーニングという事業はそのような趣旨ですし、洋上風力で国が適地を定めるのも、同じような趣旨だと思います。

 ただ、もう少しラディカルに環境アセスメントと住民合意の過程を切り離すというのも考えられます。規模にかかわらず住民説明会や合意形成のプロセスを義務化すれば、環境アセスメントの要件については環境影響についての科学的知見だけに基づいて議論することが可能になります。下火になったとはいえ、風力発電の開発に伴う地域トラブルの相当数は小型風車です。このような問題に対して規模要件の議論では応えられません。

アセスの外側にある要因

 ここまで環境アセスの緩和について議論してきましたが、少し考えなければならないのは、なぜ環境アセスが罰ゲームのように思われているかという点です。これは会合でもあまり触れられていません。専門家のアドバイスを受けながら環境影響を最小化することは事業者にとっても本来マイナスではありません。素人判断で問題を起こしてしまうよりは経営的にも得策なはずです。環境影響を減らすための努力を惜しまない事業者もいます。そうはなっていないのは事業者の環境意識の問題と考えたくなるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。

 一つはコストの問題で、時間とお金の両方です。法アセスになると費用が跳ね上がります。要因はいろいろあるのですが、
・調査項目が増える
・審査委員とのやりとりによる追加調査や手戻り
・情報公開や情報共有のための費用
・意見書への対応

といったことがあるかと思います。規模や場所に応じて緩やかにコストが変動する感じであれば事業者にとっても納得感があるでしょうが、現状は法アセスかどうかは費用に大きく影響します。

 事業者にとっての問題は費用そのものだけではなく費用対効果です。専門家やステークホルダの指摘を受けながらよりよい調査、分析、評価を踏まえて適切な軽減措置をとるというのがアセス制度の趣旨で、本来事業者にとって有益な機会となるはずです。ただ、理想的に機能しないこともあります。事業を止めることを意図した意見が寄せられることもあります。科学的根拠に乏しいものや極端な想定など、回答に窮するだろうと思われるような指摘も見受けられます。審査する側とされる側という力関係が意識されると、科学をベースとした対等なコミュニケーションも実現しずらくなります。

 こうした負担感がある一方で、日本では今のところ環境影響を理由とした運転停止や原状復帰の命令といった事例がありません。海外の話ですが裁判が頻発する国であれば、その対応のためにも環境アセスに積極的に対応する動機が生まるとのことです。運転停止や復元措置の命令が発せられれば大きな損害になるので、それを防ぐための保険と位置づけられているのだと思います。

 もう一つ大きな問題は、地域にとっての納得感です。二つ目として指摘した合意形成の話しとも通じるのですが、気候変動や資源問題といった大所高所での再生可能エネルギーの必要性は明らかだとしても、それをそのまま受入地域での納得感に結びつけるのは難しいと思います。マクロレベルで〈どこか〉に必要だとしても、それは〈ここ〉に必要な理由にはなりません。史上最大級の開発であったとしても、気候変動抑制のための直接的貢献は限られています。つまり〈ここ〉に必要な理由が存在しない限り、公益と私的不利益の対立という古典的な問題構造をなぞってしまうことになります。

 もちろん風力をはじめとする再生可能エネルギーの事業が立地地域のニーズとうまくかみ合っている事例もたくさんあります。そのような期待も含めて〈なぜ〉やるかを納得しながら〈どこ〉に〈どのように〉やるのかを決める仕組みが必要だと思います。ゾーニングや戦略的環境アセスメントをうまく活用し、地域目線で適地を決め、環境影響への懸念の強度に応じて段階的に環境アセスメントの内容を充実させるような方策が必要だと考えています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?