【自分のこと】

さっそくですが、私が最も尊敬する人物についてお話したいと思います。

その人物は祖父です。正確に言うと父方の。

祖父はとても物静かな人です。これまでの私の20年の人生で祖父が怒鳴っているところは見たことがありません。

しかし、祖父はただ静かなだけでなく、興味のあることにはとてつもない熱意を注ぐ人です。

個人情報に気を付けながら、そんな祖父について書き留めたいと思います。

私が幼いころ祖父は昆虫採集が趣味でした。そんな祖父をみてか、父は現在でも昆虫採集を行っています。父と祖父はほんの数年前も二人きりで昆虫採集の旅行に行っていました。

しかし、祖父の趣味は昆虫採集だけではありませんでした。写真や蒸気機関車の模型作りキノコ採り(キノコは危ないのではないかと家族に止められていましたが…)などインドアからアウトドアまで多種多様でした。

特に私の記憶にあるのは祖父が蒸気機関車の模型を作っている姿でした。私が物心つく頃には祖父は退職しており、いつも家にいました。ほぼ一日中部屋にこもり、黙々と溶接や設計を行う祖父のことをなにかの技術者かと思っていた時期もあったくらいです。

しかし、目の病気を患った祖父は視力の低下のため模型作りをやめてしまいました。このあとに祖父は新たな趣味を見つけます。

それが現在も行い続けているYouTubeへの投稿です。

祖父は戦後の歌謡や高等学校の校歌や寮歌をCeVIOという合成音声に歌わせる動画を投稿しています。

うぬぼれだと大変お恥ずかしいのですが、これを始めるきっかけは私なのではないかと思います。

祖父が投稿を始める少し前、私はボーカロイドが好きでした。誕生日に祖父母からCDを買ってもらい、今でも大切にしているほどです。これがきっかけで、祖父は歌を人間が歌わなくとも表現できる仕組みがあることを知ったのではないかと思います。

祖父がYouTubeを始めた際、私を含む家族はとても驚きました。ネットに何か投稿することは難しいことですし、当時70歳を超えていた祖父にできるはずがないと思っていました。

それでも祖父は投稿をはじめ、今日まで一週間に二度以上の投稿を続けています。

きっと祖父は視力が下がり一番の趣味の模型作りが難しくなり、落ち込んだでしょう。しかし、モノづくりへの興味は忘れずに現代の技術を使って自分の作ったものを発信し続ける祖父の熱意は計り知れません。

できなくなったことを悔やみ続けるのではなく別の興味を探し続ける祖父のことをとても尊敬しています。

現在はYouTubeの投稿だけではなく、高校の生物を勉強しなおしたり海外の映画をみたりととても充実した毎日を送っているようです。

私が様々な要因で学校への登校ができなかった時も、直接的な声掛けはせず、それでも私のことを気にかけてくれた祖父。今は年に数回しか会えないけれど、祖父の作ったもので祖父を思い出し元気づけられています。

残りの大学生活、祖父の興味への熱意の注ぎ方やできないことを悔やむよりできることにおもしろさを発見していく姿勢を真似て充実したものにしたいです。

皆さんよろしければ、祖父のYouTubeチャンネルのぞいてみてください。

https://www.youtube.com/channel/UCV3GZ_QxthOxybEKuAQtZtA



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