桜と鳥の鳴き声

 昨晩、喉に違和感を感じた。

 さっさと寝ようと思い電気を消して布団に横たわる。嫌な想像が頭を駆け巡り、心臓の音がいつもより速いリズムで私の身体を揺らしていた。

 また怒られた。私はその恫喝に怯えていた。頭の中で響くその音に立ちすくむ。涙が出そうになる。また殴られると思った。そして私はフラフラになりながら歩いた。一歩前に踏み出した。右手を握りしめ、力を込める。その手を相手に向かって思いっきり振り上げた。

 目が覚めた。窓からの日差しを感じながら身体を起こす。私は安堵して、ベランダに出て煙草を吸った。ベランダからは満開の桜が見えた。鳥の鳴き声もする。人はいなかった。

 煙草を吸いながら夢の内容を思い出し、私は段々と怖くなっていった。虐待された子供は親になったとき自分の子供に同じように虐待をするようになるという話を思い出した。私は変わってしまったのだろうか。毎日のように殴られていた日々を耐え抜いた結果がこれなのか。

 桜が綺麗だ。頼むから年中咲いていてくれ。桜はいずれ散るから綺麗だなんて認めない。綺麗なものだけ眺めていたい。嫌なものはもう見たくない。綺麗なものに囲まれて生きていたい、綺麗なものに囲まれて消えてしまいたい。

 部屋に戻って水を飲む。喉の違和感は綺麗さっぱり消えていたことに気がついた。少し気分がマシになった。

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