第31週(7/29~8/4)
▲Cotswolds コッツウォルズ
イングランド南西部の丘陵地帯です。
31日水曜日、イギリス・ロンドンからバースに向かうバス車内では、ウエストエンドの劇場に続いてこの日二度目となる放屁の巻き添えを食らいます。それらの凝縮された匂いが、国民の高たんぱく高脂質の食生活を伺わせます。
外食をすると、揚げものや茹でものなど簡素な料理が目につきます。
フランス料理において、"à l'anglaise"(イギリス風)という表現は、"cuire à l'anglaise"で水で野菜などを茹でること、"paner à l'anglaise"で魚や肉に衣を付けることを指します。シンプルで直接的であることを強調する、フランス人のイギリス料理に対する認識を反映していると考えるのは一理あります。
フランスの宰相タレーランの言葉"En France, nous avons trois cents sauces et trois religions. En Angleterre, ils ont trois sauces mais trois cents religions."(フランスには300のソースと3つの宗教があり、イングランドには3つのソースと300の宗教がある)もまた、イギリス料理のバリエーションに対するフランス人の見方を端的に表しています。
実際に私も、多彩さと外食の物価のバランスにおいて、フランスとは異なる印象を受けます。この地で長く暮らすとすれば、自炊とM&Sの値引き商品に頼ることになるだろうというのが、一週間の滞在で得た知見です。
1日木曜日、コッツウォルズ周縁の街で宿主のおじいさんは、私にチェロを弾いて見せます。それまでの覚束ない佇まいとは打って変わり、緩急ある弓づかいをし、鋭い眼差しで譜面を追います。私がエルガーを口ずさめば、彼はこれでしょ、とそらで演奏します。ヴィクトリアン様式の半地下のリビングから漏れ出る音に反応して、散歩する近隣住民が家をのぞき込んでいます。私が素人離れした演奏を怪しむと、彼は15歳の頃から50年以上弾き続ける音楽家だと明かします。
二日後、ロイヤルアルバートホールでBBC交響楽団によるエルガーの同じ演目を聴くものの、いまだコッツウォルズの彼の演奏が心に強く残っています。ホールの一体感やライブ感は圧巻ではあれど、素晴らしい音響空間を上回って彼の演奏が心に残ったのは、理屈でない何かがあるのかもしれません。
コンサートホールを形容する言葉によく「計算し尽くした音響設計」というのがあります。書籍「楽器の科学」によれば、音響技術者は「明瞭かつ正確な音の響き」と「豊かな反響音」とのバランスを追求します。しかし客観的な指標に加えて、聴き手あるいは演奏する人の好みを考慮した主観があるために、普遍的に「良い音響」を定義するのは困難だとします。また、同書は「最初の一音の聴覚的な体験の前」の体験を強調します。
同書が対象とする音響空間は室内楽~フルオーケストラに限定するため、今回の個人宅の演奏は対象外かもしれません。しかし示唆的なのはたしかです。
改めて、おじいさんが演奏したそのリビングは、絨毯と重厚な家具で満たされ、そこへ音が瞬時に吸収されます。これは音響技術者が目指す「豊かな反響音」とは真逆ですが、それによってかえって音がすっきりと聞こえ、やわらかいものに包まれた空間の感覚と相まって居心地の良さを感じたのでした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?