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ここにこない晴れ間

 雷鳴が連れてくる冷たい風が風通しの悪い部屋を透かして秋を告げる。山上の電線に鳶がぬれて、漁村のある海を見ている方向に、ここにはこない晴れ間がさしている。
 あの晴れ間のなかに本当に言いたいことがあって、私の比喩ではない海のおもてが眩しく発語していて、私にはなんのことだか分からない。降りこめる雨粒に体温を盗まれぬよう、せめて脇に力をこめて細くなっているあの鳶はきっとあそこへ行くつもりで飛んでいたのに、そうするよりなく電線で耐えている。

 恋をして、他人を想うとき彼に自分を補完する存在を見ているように、私たちは自分を中心に世界を回している。そのとき、ここにこない晴れ間が屹立して、乾いた風が湿気を絡め取りながら吹き込んでくる。
 雷鳴のエクスクラメーション。氷の肌理に走った亀裂よ。結合していた観念が、現実から引き剥がされて私という領域に正しい矮小さに還っていく。はじめて虚構のなかの生にぶち当たり当惑する幸いに、あの理解不能の言葉に耳を澄ませるなら、余生を沈黙に費やしてしまいたい。

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