さわやかだった一日

 東京の大都会で過ごす大学生活はあまりに退屈だった。しかも当時はコロナ・パンデミックの真っ最中で、学生寮の一室、普通は二人一部屋なのだがCKという奴は相部屋がいなかったから、そこで集まってぐだぐだと過ごすくらいしかやることがなかった。時たま、非常事態宣言でも営業している居酒屋があって、それが違法なのだろうかなどぼんやり考えたりしつつ、そこで思い切り飲むこともあった。しかし、唯でさえ辛い二日酔いに、さらに余計な罪悪感が乗っかるものだから、いくら若いとは言えどしんどいものがあった。それに、いつも同じたばこ臭い男5人で飲んでいるという事実は、無駄に飲酒量を煽るだけで実はそんなに楽しくないのではないか、という疑問との格闘を強いるのでみんな疲弊していたのだった。

 その日も、CKの部屋で5人のうちの寮生3人が特に話すこともなく、それぞれスマホの画面を高速でスライドし続けていた。マッチングアプリの画面で、流れてくる写真を見て気に入ったら右に、気に入らなかったら左にスライドし、相手も自分を右に分類していれば連絡をとることが出来る。男子校出身で、大学入学時にはジャージにメガネの黒髪だったガラスは、一度金髪にして、一周回って黒髪がかっこいいと気が付いたほどに垢抜けていたが、この間マッチングアプリで知り合った相手とカフェで会ってみたらマルチ商法の勧誘だったという事件があった。だから、その時の3人もマッチングアプリをせいぜい暇つぶしのゲームくらいにしか考えていなかったのだった。

「ドライブ行きたくねーか」

 やっと口を開いたのはワコウだった。

「ありだな」
 
 こういったCKも、無言でスマホを見たままのガラスもあからさまにワクワクしていたのだが、きっと毎日彼らと顔を合わせていない人が見てもその感情には気がつけないだろう。

 ワコウが突然こんなことを言い出したのは、たまたま寮の先輩たちがドライブで静岡に行って「さわやか」なる場所に行ってきたのだと自慢げに話しているのを喫煙所で聞いたからであったが、それは言わないでおいた。

「とりあえずコマちゃんとバラナシに電話すっか」

 ワコウがラインを開いてコマモトに電話した。彼は贅沢にも東京で独り暮らしをしていた。

「コマモトさ、明日ドライブ行くよ」

「天才だなあ、でもどこいくのか教えてくれ」

「静岡」

 ワコウがいきなり行き先を述べたので、さすがにCKもスマホを置いて口を挟んだ。

「静岡ってなにがあんだよ」

 ワコウは少し面食らった。みんな大学生活に憧れを抱いて入学した。外出自粛しろと言われた。だから、ドライブはこの状況でも大学生らしいことができるというだけで素晴らしい提案だと思っていたのだ。CKはそれだけでは飽き足らなかった。はなから彼には大学生らしい遊びに対する憧れが欠如していた。二年間の浪人生活といのは恐ろしいものであった。ともかく、ワコウは即答するしかなかった。

「さわやか」

「なんだよそれ」

「自分で調べてごらんよ」

 そんなこんなでコマモトとの電話は終わり、あとはバラナシを呼ぶだけになった。彼は千葉で実家暮らしをしていた。

「バラナシ?明日ドライブ行くからね」

「どこ行くの?」

「静岡、さわやかとか」

「めっちゃいいじゃんか。りょーかい」

 もはや部屋にいる3人が「さわやか」を知らなかったことが異常だったのではないかと思われた。

 そんなこんなでいつもの五人が集結したが、いつもと違うのは全員シラフだったこと、そして東京から出たこと。運転できるのはワコウとコマモトだけだったが、根は真面目なので他の3人も飲まなかった、そしてコマモトはビビって運転しなかった。音楽を流して高速を走り、「さわやか」も満喫。ついでにスカイウォークなる場所まで訪れた。記念写真も撮った。何の為に、など誰も言わなかった。ワコウはゴモゴモ言っていたかもしれない。まさにさわやかな1日だった。いや、最後には東京の居酒屋でお疲れ様会のはずが、酔っ払うとさわやかさは失われてしまい、結局いつも通りの残念な大学生で終わってしまった。

 翌日、CKは二人部屋に一人だった。喫煙所までいくのも面倒で、こっそり窓を開けタバコを吸っていた。奇跡だった。もしもこの時、律儀に喫煙所に行っていたら……
 
 ワコウが「スタンドバイミー」を聞きながら昨日の記念写真を眺めていたのだった。

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