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映画「ターミナル」のような話 /大連空港編

20〇〇/11/24 深夜。
滞在していたアソークから空港へ向かう車の中で街並みを気怠く眺める。
空港に着いたらカフェで読書しながら時間を潰して搭乗するだけ。

「私もすっかり旅慣れたものだわ。」

自惚れながら搭乗手続きを済ませると、あとは居心地の良さそうなベンチを探す。

バンコクから北京へ



バンコク~北京~大連~福岡
激安航空券らしい、慌ただしそうなチケットだった。
いつもとは違い、バンコク~北京~福岡の間に今回は大連の経由地があった。私はとにかく酷く疲れていたし、昨日、大失恋をしたばかりだった。

「世界で1番、痛くて恥ずかしい思いをして死ねばいいのに」
昨日までの恋人のひどい裏切りを呪いながら 機内に乗り込むと、すぐに眠りについた。

爆睡してる間に早朝の北京に着き、人の流れに沿ってトランスファーのカウンターへ進むが、既に黄色人種の長蛇の列ができていた。
チケットを見ると、私の乗り継ぎは小一時間しかない。
これは… 間に合わないかもしれない。

…20分待った。
まったく動く気配がない。
空港スタッフらしき人を捕まえて事情を説明すると最前列の人に交渉して割り込ませてくれた。

いざ、トランスファーのスタンプもらう時になって、私のチケットを見たおじさんが大きくチケットを二度見し、遠くのカウンターを指しながら

「あれ?君、あっちだねぇ。一回、ドメスティックで大連だよ」
「え? ドメスティック?! 一回、中国入国するの?経由じゃないの?」
「そうそう。一回、あっちのイミグレーションを通って、隣のビルから乗って国内移動だよ。」
「えぇー?!」
「急がないと乗れないぞ~」
何故か楽しそうな顔になっていくおじさんに頭を下げ走り出した。

抜かった…。私としたことが。
(「旅慣れた」とかって自惚れたことを恥じる。)

イミグレーションカウンターを見ると、こちらより更に長蛇の列だった。

(うわぁ…もう…乗り遅れるね、これ…)

また係員に話をし、再度、長い列の横を「よっ!ごめんなすって」と手刀を切りながら人生最高の申し訳ない顔を貼り付けて、最前列に割り込んだ。

みんな優しくて「どうぞどうぞ」って譲ってくれた。
(なんか残念そうな日本人だし仕方ないと思ってくれたかもしれない)

入国スタンプを押しながら、今度はお兄さんが半笑いで
「あと15分だよ、走れ、あっち!急げよ~」と指をさす。

「わ…わかった!走る!謝謝!」
振り返ることなくダッシュして隣のビルへ連絡している電車に飛び乗った。

ハァ… ハァ… 。暑い。
レザージャケットを脱いで腰にまきつける。

言われたビルで降りたけど… 誰も居ない。
競走馬のような私の荒い鼻息だけが聞こえるロビーにポツネン… 。

乗り遅れたのか…?
… いや、あと3分ある。

とにかく「無駄に広い」空港内を走り回って、
やっと係員を発見した。

頭の隅で、「第1村人発見!」のテロップが入る。

「こ … ここ、どこぉ~?」チケットを見せて、自分の行き先を告げると、この雪の積もる極寒の中、何故か汗だくの息切れした女を訝しげに見ながら
「…この地下よ…」と答えてくれる。

チッ… 地下ァァ……
チケットを握りしめたまま、膝から崩れ落ちそうになるのを何とか踏みとどまり、全力の2段飛ばしで階段を駆け降りた。
普段たいして運動をするわけでもないので、もちろん最後の数段でお手本のような無様さで転んだが誰も居ないのでなかった事とした。

滑り込みセーフかと思いきや 着いた先には軽食をとる人や、眠たそうに寝そべる子供が 落ち着いた様子で窓の外を眺めていた。

私がうろちょろ走り回ってる間に 飛行機がディレイしていて、走らずとも十分、間に合っていたのだった。
転んだ足首の鈍い痛みと「こんなに慌てて走ったのに」の思いを堪え、またもや「颯爽とした女一人旅の人」を演じて見せた。(誰も見ちゃいない)

飛行機が到着したらしい。

地下から飛行機までマイクロバスで移動するらしい。
みんなで遠足に行くかの様子で和やかな会話が聞こえる。

ほとんどの人が 寒そうに丸くなってる中、私だけ汗だくで腕まくり。
ゼェゼェ しながらも、まだ平静を装っていた。初めての海外旅行の頃から、心はいつでも 颯爽とした女バックパッカーなのだ。
未だかつて颯爽とした事は一度たりともなかったけれど。
むしろ、いつも珍道中にしかならない。
「とにかく、間に合ってよかった」
そう安堵したら、急に周りの音が耳に入り始めた。

隣にロシア系っぽい顔立ちの屈強そうな男性が3人いた。
その3人は手ぶり身振り、互いに何かについて熱く語り合っていた。
スポーツ観戦でもしていたのだろうか。

「ЕУフワフワИРЖЦХШЧФ」
「ψρμθチクワδδσζ!?」
「РρШρЖ…ちくわぶっЙАДРУИРЖЦХふわふわっ 」
「オ~!フワフワっ!!」

思わず鼻水が放出した。
なんの話だろうか。
ちくわぶがフワフワだと言う話なのか、それとも単に空耳なのか。
ロシア語が理解できないことを悔やむ。

トゲトゲしていた心が癒された瞬間だった。
(ど~でもいいわ)

北京から大連へ


… 大丈夫なのだろうか、この小さな飛行機は。
まるでインディージョーンズが僻地の財宝を探に行くために無理やり賄賂を渡して手配したかもしれないサイズ感。
いやいや、何はともあれ乗らないと帰れない。
座席を見つけると荷物をしまって、シートベルトをする。
機内アナウンスに従って、バッグを座席の下に置いて、
さぁ、寝よう。

繰り返しにいなるが、昨日大失恋をしたばかりだし、たくさん走ったし、
とにかく疲れきっていた。
あっという間に爆睡していた。
飛行機が着陸した衝撃でやっと目を覚ました。
「やっぱり墜落したか」とすら思う衝撃だった。

まだ飛行機がスピードを緩めている中、中国の人たちは潔くシートベルトを外し、立ち上がり、荷物を降ろす。

うん。あれね。ほんとにすごいね、中国人って。
行動全てがパワフル。
私はもう少し、ゆっくりしておこう。
そう思って目を閉じ、完全に飛行機が止まるまでウトウトと微睡んでいた。

史上最悪の旅の幕開け


飛行機が完全に停止した。
通路は既にぎゅうぎゅうの人。
自分の前の人の後頭部の匂いでも嗅いでいるのかと疑うほどの距離感。

「入り込む隙間はなさそうだし、少し 流れるまで待つか…。」
ドアが開いてほんの数分、先頭の人から1ミリも離れまいとする人々。
見えない紐で電車ごっこしていたんじゃないかな。
みんなダダダ!!っと連なって全力で降りていく。

私は残り数人になった機内で、やっと足元に置いた自分の荷物をとろうと手を伸ばすと

あれ ??… な ・・ い?

座席の下に置いたバッグが ・・・ない・・・?!

もう一度、辺りを見て前後の座席の下も探す。
棚に入れた荷物を開け、バッグを入れたかを確かめる。

・・・・・ない!!!!


アタフタしてるとCAさんが気配を察して「どうしましたか?」と寄ってきてくれた。慌てたまま「バッグがない!」と言うと
「それは本当ですか? 間違いなくバッグを持っていましたか?」
「持ってました。パスポートも財布もチケットも全部その中です!」
「本当ですか?」
「いや、本当だってば」
「北京に忘れてきていませんか?」
「…北京に忘れとったら…どげんやってこの飛行機乗らるっとよぉ!?てやんでい!すっとこどっこい!」

私の中の博多と江戸のハーフが出てくる。(江戸に親戚も縁もないが)

信じ難いのだけれど、上の会話は ほぼジェスチャーである。
この時の北京~大連のCAさんは誰も英語を話せなかった。

何人かのCAさんとワーワーしていたら、パイロットまでやって来て、お掃除の人、機械の整備の人、あらゆる中国国際航空の制服を着た人に囲まれた。
みんな口々に状況を話し合っている。
中国語なのでまったく何を話しているかはわからない。

やっとみんなで気持ち、ちょこっと探し始めてくれるけど、
ものの数分で「うん。ないよね。」と一同納得。

飛行機の中でバッグが失くなるなんて、考えたこともなかった。
そのバッグにはパスポートもチケットも携帯も財布も、あらゆる大切な物が全部入っていた。

「あ!!!っていうか、乗り継ぎ!!!」

英語でいろいろ話しかけていると、唯一、少し英語の話せるらしいCAさんを連れてきてくれて、やっとみんなが何を話してるかがわかった。

「あなたの周りの誰かが盗んだに違いない」

真面目に面と向かってそう言われた。

はい・・・?!? 

うそ。そんな事ある?!


…はぁ~~~ん?
… だったら… 早よぅ、捕まえてこんかぁぁぃ!
座席と名前の照合したらすぐわかろ~もん!!!

ちゃぶ台があればひっくり返していた。
(とにかく落ち着こう。)
(私も爆睡してた事だし、不注意な非はある。ある・・よね? )

「…あの、私、次すぐ福岡行きに乗る予定なんだけど、どうなるの?」
一同、困った顔で肩をすくめる様に互いを見回す。

しばらくすると、優しそうな男性が入ってきた。


ルーさん

ウッチャン似の優しそうで素朴な好青年。
英語、日本語まったく話せない人。
急に呼び出されたような風貌で

とにかくこの残念な日本人の面倒みてやって。」

そんな感じで任務を背負い込んだに違いないルーさん。

一旦、機内から外に出され、しばらくすると 空港警察の厳ついおじさん二人登場。中国映画に出てくる悪いボスみたいで、見た目がものすごく怖かった。事情聴取や現場検証を始めてくれた。

この時点で、完全に乗り継ぎ便アウト。
事情聴取も、現場検証も、中国語で話しかけられ、「あ、その、えっと」とモジモジして見せると、思い出したかのように、「あ、日本人だった。」
みたいな顔で照れ笑いをするボスたち。
(なんだ、かわいいのか)

こんなに文明の発達した時代で、こんなシリアスな場面なのにジェスチャーだけって…逆に新鮮。
もはやコントやん


若干、こんな時にも「私ったら、またミラクルひいてしまった」と笑みがでそうになる自分が心底、不甲斐ない。

ひと段落してルーさんが
「あなたは中国から出ることが許されない」と言った。

なんですと?!

それは予想外… 状況整理をしてみると、私は北京で中国のイミグレーションを通過した。よって、その入国スタンプを確認しないと、出国もできないのだと言う事らしい。

なるほど、なるほど…
明日にでもなんとかなる!って思っていた。

これはやばい。すこぶるやばい。
(やっと焦る)

そこでルーさんが、日本領事館に電話をかけてくれ、領事館の人に事情を説明した。
領事館の人曰く、まず、パスポートを紛失した手続きについて日本側の手続きは即日OK。
しかし、中国政府が祝日が重なっていたため動きが遅いので、最短で1週間は滞在になるだろうとの事だった。
更に、「あなたは空港から1歩たりとも外に出ることを許されない可能性がある」と告げられた。

…あぁ。
あるある、あるよね。うんうん。
そんなこと。あるわ。うんうん。
なんかの映画でみたなぁ。そのセリフ。うんうん。
もう、いっそ笑っとこうか。

遠い目で不甲斐なさを痛感しつつ、反動で思考がゆがみ始めた。

ルーさんと領事館の人が話してくれて、まず、スーツケースを取り戻そうと言う流れになり、私のチケットの半券を元に、1時間ほど探してくれた後 やっと見つかる。

いや、見つかるんかいっ!
(いつの間にかできた透明の相方にツッコミを入れる。)

福岡行きに乗ってなかったってことか。
それはそれでどういうこと?
頭の中が忙しく、心配したり、自嘲したり。
突っ込みどころありすぎる。

なにはともあれ。
これはもう、しばらく日本へは帰れないのだなと腹をくくる。


いざ、帰れないと理解すると、肝が据わるらしい。


動じない。

「だってバッグないんだもん。やれることするしかないし」

くらいの気構えになってしまう。

そしたら急にお腹がすいてきた。気が付けばもう、夕方だった。
その間、ルーさんは片時も私のそばを離れず、
自分を証明するツールが何もなく、一銭もない私の面倒をみてくれた。
フードコートが閉まってるからと、スタッフ食堂に連れて行ってくれて、見た事ない不思議な食べ物に興味を注げば、「これは辛いぞ」とか、「柔らかいぞ 」とかをジェスチャーで教えてくれる。
会話はほとんどなく、微妙に気まずい雰囲気ではあるけど、常にジェスチャーで「心配ない」と励ましてくれた。
そのたびに私は、バカの一つ覚えで「謝謝」って答えた。


かれこれ長い時間、電話で領事館の人に叱られた。


大人になって、ここまで誰かに叱られるとは思ってもいなかった。
さっきまでの、どこか「いっそ、楽しもう」としていた私は急速に萎んで行った。
ルーさんと警察に「無駄に広い」空港内を連れ回され、領事館の偉い人に厳しく叱られ、私の許容量を超えてきた。

心と体が床にのめり込んでいきそうだった。
そんな私をみ兼ねたのか暖かい事務所に連れて行ってくれた。

その部屋は冬の職員室のようなとても静かで暖かい部屋だった。
座ってると急激に疲れが押し寄せ、もう、なりふり構わず長いすに横になってた。意識が遠のきそうになる。

(そっか。私、大失恋したんだったな。でも、もう、そんなことはどうでも良いな。)
酷い振られ方をしたわりには、心の痛みは今のほうが痛む。

(今の方が、すごく大変なんだもの。このまま、帰れなくなった場合、どうしようか ・・・。)

夢うつつで映画「ターミナル」を思い出していた。

主人公のビクターが故郷のクラコウジアを出発した後、軍事クーデターが起きる。
国境は封鎖され、パスポートも無効となり 飛行機の中で国籍を失ったビクターは、アメリカに難民申請することも、故郷に帰ることも出来ない。
ビクターは「国際線乗り継ぎロビーの中」ならどこに居ても良いと告げられる。

Wikipedia

このまま 私もビクターのように、大連空港内で自立する日が来るのだろうか。彼は前向きで希望を捨てずに生活した。
そして空港内の人々に愛された。私も前向きにいれば、きっとまた良いことがあるかな。

たった一日が、もう1週間くらい過ごしたかのように疲れ果てていた。

転機は突然やってくる


ウトウトしていると、大きな声で「ぱーちゃー!?」とルーさんが叫んだ。
なかなか開いてくれない目を指を使ってこじ開けると、ちょうどルーさんが私を起こそうとしたようで、「ぱーちゃ」と何度も言う。

走るジェスチャーをしながら「レッツゴー」と。
え?どこへ? なにが?どうしたの?
言われるまま付いていくと、空港の外へ。

・・え?
いいんですか?空港出ても?

砂糖を丸呑みした血糖値の勢いでテンションが上がっていく。

夕方の大連は雪が積もっていた。
鈍い色の空が重たい。
道路沿いの白いタイルは溶けた雪でベチャベチャと汚れていた。

ルーさんは吐く息が白いというより、試合後のボクサーのように体から湯気がたっている。
私も鼻呼吸が恥ずかしくなるくらい鼻から蒸気をだしていた。

しっかし、寒いなこんにゃろめ。

見ればルーさんもスーツのまま。
着の身着のままな二人。
かまわずタクシーを捕まえようとするルーさん。
(タクシーがなかなか捕まらず30分以上、凍えて待つ)

その間にルーさんのジェスチャーによれば、
あなたのバッグが大連市内の交番に届けられた模様。
よって、今から確認に行く。
だそうな。

まじか!!?
そんなミラクルあるんだ?!
頭の中で喜びの舞の映像が流れ出す。

しかし何故、機内でなくなったバッグが大連市内にあるの?
しかも交番って?
あぁ、あれか。盗んだものの、大した金目のものはなかったて?
やかましいわ。

持って行ったやつめー!ばかー!あほー!
(その他、ここには書けない罵詈雑言。)

これを私もジェスチャーで伝えると、ルーさんはうんうんと優しく笑い頷く。
やっと捕まえたタクシーに乗ると、小一時間ほど走った。
道中、眺めた町は萎びていて、商店はあれど建物の中は暗い。
空が重たいせいか、全てがグレーの世界に見えた。

心がチクチクとしていて、悲しいのか辛いのか寂しいのか怖いのか、どれかわからなくなっていた。
だけどそれに気づいたらきっと泣き出しそうで、知らないふりを続けた。

現地タクシーのおっちゃんすら知らない地名のすごく小さな派出所に到着。

…あるかな、私のかな…。
違ったらもう…今度こそ泣くかも。

ドキドキしながら交番のドアを開けると、空港の悪いボスとは全く違って、親戚の面白い叔父さんみたいに ニコニコ顔の警察官達が
「おぉ!よくきたなぁー。おめでとぉーー!!」と、とびきり明るい雰囲気で出迎えられた。

「おまえかぁ、パスポートなくしたアホは!」とは誰も言ってなかったと思おう。

拍子抜けしていると、若い女性がいて
「はじめまシテ、marrypossaさんかー?」と日本語で話しかけられる。
「marrypossaさんかー?」とカタコトで尋ねられてちょっと拍子抜け。
「そうだーわたしがmarrypossaだー」と答えたい衝動を抑える。

大連に着いて今まで、誰とも言葉のキャッチボールができていなかったから、涙が出そうなほど、この女性の声が嬉しい。
しかも若干、日本語がおかしくて、かわいくもある。

「そうです。Marrypossaです。見つかったって本当ですか?」
「ハイハイ、そうデす。あなたの物ダトーいうコトで通訳によぱれたー」
「そうなのですね、謝謝です。ありがとうございますぅ」
「ハイ、ど、したしまして。それで、バッグを確認してネ」
「あ、はい、お願いします」
「コレで間違いないかー?」
「間違いない… だー」(欲求に負ける)
「ホントかー」
「ホントだー」(ひらきなおる)

私のお気に入りの緑のレザーのウエスタンバッグ。
中身はパスポート、財布、チケット、携帯。
全部あるし!!!

「全部あるぅぅ」
「よかったナ。お金ぜんぷ アルか?」

財布を開けると、。。ん?
3万円はいっていたはずが2万円しか入っていない。

「日本円が1万円たりないみたい」
「ホントかー」
「ホントだー」

でも、そんなのどうでもよかった。
一万円で全部戻ってきたのならかなり安い出費だ。
誰もが戻ってこないと思っていたし、私は密かにターミナル物語を書く構想まで始めていた。(残念な子)

とにかく、よかった。よかった。

通訳の女性にお願いして、一日中ケアしてくれているルーさんに伝えられていない感謝を代わりに伝えてもらい、その場のみんなに
「ありがとう、謝謝」と言うと、私の「謝謝」がみんな嬉しかったようで、わぁ!っと笑い声に包まれた。

そして何故か記念撮影が始まった。
警察官が私にバッグを手渡す様子を再現させられ、カメラ目線で微笑むようにと演技指導される。
ボッサボサでテッカテカのやつれた顔に無理やり作った笑顔の日本人か翌日の朝刊に載るのかもしれない。
そんなこんなで、パスポートが戻り、晴れて出国可能の身となる。
ルーさんと帰るタクシーを捜す。

タクシー捕まらず part2。

寒い…寒い…。

顔が痛い。
セーター1枚じゃ凍え死ぬ…

大連の寒さは九州育ちの私には耐えがたかった。
肩を抱きながらブルブルしていると、ルーさんがおもむろに自分のスーツの上着を脱ごうとしながら、躊躇いがちに「…いる?」と聞く。

躊躇うなよ 笑

でも、なんて紳士。
「大丈夫だよ。ルーさんも凍え死ぬよ!しかもそんな薄い上着じゃ、大して変わらないわ。着てて。」
と言うと、ルーさんも、「着ても着なくても同じや!」と半分脱いだ状態の自分に突っ込む。
凄いことに、私とルーさん、ずっとジェスチャーで会話してきたから、この丸一日で、意思の疎通が可能になていた。
しかも、ジョークが言い合えていた。
人間の適応能力の底力って本当にはかりしれない。

終焉


超、奇跡的に盗難品が見つかり、大連空港内の事務所に戻る。

心配してくれたスタッフのみんながよかったね!
と笑って肩を叩かれ、とても嬉しかった。
みんな本当に優しかった。
さて…「どうやって福岡帰れば?」
心配して尋ねるとルーさんが「明日の飛行機にチェンジしてますので、それで帰れます」と。

あ…ありがたやー!
あんた、なんて出来た人なんや。
「謝謝、謝謝、謝謝、大謝謝。」

ルーさんの肩をバンバン叩いて喜ぶと、顔をしかめ肩が外れた振りをするルーさん。

あぁ。もう、ここで働こうかな。
そう思ってしまうほど、関わってくれたスタッフも警察官もみんな優しかった。

…ん? 明日?
今日のフライトはないらしく、明日の朝一で帰国させてくれるらしい。
なので、今日は一泊、大連市内のホテル泊になる。
ホテルの手配も、送迎もルーさんが完全にやってくれ、本当に良くしてくれた。

物事があっちこっちと行き交い、急展開を向かえ、終結してドッと疲れた。
ホテルのフロントの鏡に映った自分に気づかない程、疲れで老け込んでいた。

途中、ルーさんにお願いして実家に「ご心配おかけしまして」と電話をしていたのだけど、この時 実家では、かなりの大騒動だった事はまだ知るよしもなく。

ホテルに着くと直ぐにシャワーを浴び、横になった。
30分くらい寝たら 空腹と寒さで目が覚めた。
フロントに下りて食事をする場所があるかと尋ねると、外にたくさん安いレストランがあるらしい。
言われた通りに外にでると、まぁ~ 大連の道路の広さといったら。
日本とは違って「THE大陸」をふんだんに使ったスペース力。
無事に向こう側にたどり着く自信もなく、他に食べ物屋さんがないかホテルの裏に回ってみた。

なぁ~んにもない。
怪しげなおじいさん達が一斗缶で焚き木をして丸くなってるくらい。

寒い…お腹すいた…。
急に淋しくなった。

タイであったいろんな事に加え、この出来事。
よく我慢できてたなと、一瞬だけ涙ぐむ。

旅で知る自分の存在は、いつも無力だ。
だけど、なぜか生き延びている奇跡。
どれだけ自分が周りの人に助けられ、人に迷惑をかけているか。
好きなことをして、人が知らない世界を知って、経験値だけが増えていく。
だけど、人が知っている当たり前のことを何にも知らない私。

丸くなるおじいさん達からちょっと離れてポケットに手を突っ込んだまま壁に背を当ててしゃがみこむと、じわじわと涙が溢れそうになってくる。
流すまいとしながら、反省したり、安堵したり、しばらくそのままでいると、なんだか何かに負けてる気がしてきた。
息を吸い大きく吐き出しながら空を見て立ち上がると、また裏道を歩いてみた。そしたら、さっきは気がつかなかった看板が目に入った。

「○○便利店」
お、これはもしや。 コンビニ的な?
そっと中を覗くといろんな商品の棚が目に入った。
ビンゴ!!!
(便利店は、商店でした。)

ペットボトルの甘そうなコーヒーと水を買い、食べ物を探せど、燻製しか売ってない。
「…なんで燻製だけやねん!」
(まだいた透明の相方につっこんどいた。)

店を出ると隣にも便利店があった。
また外から中を伺うと、レジのカウンターに肉まんらしいフォルムの食べ物が見えた。
おずおず入り、おばちゃんに「これください」とジェスチャー1級の腕前で伝える。
無視するおばちゃん。
テレビに夢中らしい。

もう一度、「これこれ、2つ!ください!」

アピールすると、面倒そうに立ち上がり、取ろうとはしてくれるものの、猛烈に怒ったような勢いで何やら話しかけてくる。
「えぇ・・わからんよぉ。肉まんくれって言っただけやん…」
オロオロしていると、やっと大連人ではないと悟ってくれる。
どうやら「肉まんないよ!」って言ってるらしい。

牛肉肉包 みたいなのが肉まん。
その下に猪肉包があって、さらに菜包らしき文字。
(猪って…なに?犬とかだとやだな。)

無難に野菜包を2つ買うことに成功した。
ホカホカを抱いてホテルに戻ってやっと食事。
思ってた以上においしい野菜包み。野菜の煮物が入ってた。
お腹が満たされ、ベットに沈みこんでまた眠る。

翌朝



ホテルのレターセットに英語と日本語で感謝の手紙を書いた。
わかる誰か翻訳してくれるだろう。
そして一番下には漢字で
中国国際航空 全員 感謝! 大感謝!!!
と大きく書いた。言いたい事はわかるはず。
それを、空港でチェックインする時に説明して託した。
ルーさんにも感謝が伝われば嬉しい。
そこからは全てスムーズに何の問題もなく飛行機に乗り込み、到着までまた眠った。
もちろんバッグはしっかり抱きしめていた。

「よう、きんしゃったな」


と書かれた看板に、一気に福岡愛が燃え上がる。
当たり前の事に感動してしまうくらいスムーズにイミグレを通過し
遂に娑婆にでる。
さて、帰ったらどうなってるんだろう。

出口に妹が立っているのが目に入った。
腕を組んで仁王立ちである。残念な姉に対する怒りのアピールだ。
私を見つけるとおもいっきり鼻で笑う。
いきなり土下座をすべきか迷う。

媚びるように「へへへ」と笑いながら近寄ると
「被疑者 確保!」と 携帯で実家の両親に私の帰国を伝えた。

おわり。



#創作大賞2023 #エッセイ部門


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