お布団『IMG_antigone_copycopycopycopy.ply(あるいは暴力による無意味な無のための新しい音楽のための暴力)』

2019年10月31日[木]-11月4日[月]

◆作・演出
得地弘基(お布団/東京デスロック)

◆出演者
緒沢麻友(お布団)
田崎小春
津嘉山珠英(冗談だからね。)
永瀬安美

※科白は観劇中にメモしたものなので、正確ではありません。

舞台には観客席からひし形に見える白いカーペットが敷かれ、舞台背面はスクリーンになっている。

暗転し、字幕が出たあと、四人の俳優が登場する。「Prolog」と字幕が出る。四人の女性は、台本だと思わしき紙束を持ち、『アンティゴネ』の物語を語る。

故国テーバイを追われたポリュネイケスは、反対にテーバイに攻め入り、兄のエテオクレスと刺し違えて戦死する。王であるクレオンはポリュネイケスを手厚く葬るが、テーバイの国民に対して罪を犯したポリュネイケスを弔ってはいけないと布告を出す。ポリュネイケスは見せしめのために野ざらしにされる。それに抗議したアンティゴネは、ポリュネイケスの亡骸に砂をかけ、埋葬の意を示すが、激怒したクレオンがアンティゴネを罰して洞穴に幽閉してしまう。

よく知られたギリシャ悲劇の物語を、得地はSF的想像力を介して翻案する。しかし、それは『アンティゴネ』に現代的なモチーフの意匠を纏わせたものではない。反復される憎悪の神話を叙事的な物語として語り直す、歴史の再-想起である。

「わたしはわかっていなかった。正しさを悪は嫌うことを。人がどれだけ人を憎めるかということを。正しいものが最後には勝利を手にするということを無垢で善良な人々が心の支えにしているが、それはありえない。長期的にみれば悪は必ず勝つのだ」
「この国では戦争が起きている。この国は戦争をやっています。隣のアルゴスとの国境で起こり、こちらとあちらの境目は燃え続けています。この国は例外状態が支配する国になってしまいました。それは手遅れの話です。ですが、わたしたちがここから脱出するには、それを知らなければなりません」

この物語を聞いて欲しいと彼女は言う。家系図がスクリーンに映し出され、アンティゴネの物語がさらに語られるのだが、こうしたなかに、「車」や「ニュース」、「テロ」というギリシャ悲劇のなかではありえない単語が少しずつ混じっていく。これがギリシャ悲劇の翻案であると同時に、それ以上に、アクチュアルな「見えない戦争」の物語/言説であることが示されていく。

エテオクレスとポリュネイケスの争いも、現代の紛争とテロの物語として翻案される。ポリュネイケスは戦争を止めるため、クローン技術の秘密を持って、敵国のアルゴスに亡命するが、爆破テロにあって死んだ。エテオクレスはアルゴスとの戦争で前線に立って死んだ。これらはクレオンが仕組んだのではないかとアンティゴネは考えている。

アンティゴネの父のオイディプスは、父を殺し、母と交わったという罪によって国外追放された。その翌朝、地震があり人々が被爆した話が語られていく。空気や水や土に見えない呪いの毒が含まれており、その汚染された大地をもとどおりにすることはできない。人々は土地を追われ、仮設住宅に住むことになる。

明らかに3.11と、その後のありえたかもしれない最悪の事態を想起させる叙述であり、また、アジアを侵略した「罪」の「報い」として原爆を投下された敗戦のトラウマを起源とする戦後日本のプロローグのようにも響く。実際、本作は原爆/原発により反復される国土の汚染、そこで抑圧された行き場のない民衆の恐怖と不安が、「罪を犯したアンティゴネ」を犠牲に供することで国民生活の安心安全を保全する排除の論理を浮き彫りにしていく。不安は憎悪を呼ぶ。その不安を鎮め、共同体の安定と秩序を維持するためには、罪を背負った犠牲者が要請される。

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