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暇がなければ旅行にだっていけやしない〜『LOCUST 2』巻頭言

 創刊号に引き続き、旅行誌『LOCUST』をお届けします。今号の特集は〈FAR WEST 東京〉。東京の西の果てを目指して、私たちは立川・福生・八王子・奥多摩と、西東京を代表する4つのエリアを旅行しました。
 え? 西東京? なんて思いましたか。確かに西東京には、観光地にふさわしい目立ったイメージがなさそうです。都心からすると近すぎて見るべきものがなく、地方からすると遠すぎて西も東も大差がなく思えることでしょう。しかし本誌の論考で繰り返し問われるのは、そのように硬直化した「西東京」のイメージです。
 本特集の始まりを告げる太田充胤「FAR WEST ATTACK」は、東京のうちにありながら、その意識の外へとはみ出してしまうFAR WESTの核心部分を描き出し、近くて遠い西東京のイメージを問い直します。それは、私たちを西の果てにある境界線へと誘い込む、格好の水先案内人になるでしょう。

 東京の境界と、その先の異界をめぐるじつに多彩なイメージ群は、本誌のページをめくれば、すぐに直観されることと思います。その一方で、まっとうな旅行誌を期待する読者は、肩透かしを食らったような気持ちを味わうかもしれません。「この旅行ガイドは何の役に立つんだ?」「旅行誌にどうして批評が必要なんだ?」。もっともな疑問です。『LOCUST』はいったい何のための雑誌なのでしょうか?
 答えは単純。暇になるためです。暇がなければ旅行にだって行けやしない。けれど、わたしたちはますます暇な時間を失いつつある。

 少し遠回りをしましょう。LOCUSTとは英語で「イナゴ」を意味します。しかし、イナゴはもともとバッタ……しかも他のバッタとの接触を嫌う孤独な“ぼっち”です。ところがある閾値を超えて密集すると、突如としてあらゆるものを喰らい尽くす凶暴な群れに変異します。群れと化したイナゴは、まるで一個の知性を持った生き物のように、高度に統率のとれた行軍を開始します。
 行軍するイナゴは、前に飛ぶイナゴを食べたい・後ろを飛ぶイナゴに食われたくないという「共食い」が「共食い」を呼ぶ連鎖反応によって、暴走する群れのパターンを生じさせるのです。
 そしてわたしたちは、そんなイナゴの群れを日々目撃しています。ネットの炎上です。投稿された内容とは無関係に、ただ批難が殺到している事実に群がるネットユーザーは、「ネットイナゴ」と名付けられました。最近では、ネットイナゴが拡散する情報は、フェイクニュースとも呼ばれます。

 ネットイナゴは恐ろしいものです。けれどスマートフォンをポケットに入れて、ネットへの常時接続が日常化したわたしたちは、いつもすでにイナゴの群れの1匹なのではないしょうか。
 例えば、炎上と同じ現象は旅行でも起こります。ポケットから取り出したスマホを操作してGoogleMapを開き、検索した観光スポットの口コミ評価を参考にして行き先を決めるとき、あなたは膨大にストックされた群れの情報に触発されて、イナゴのように行軍を始めるでしょう。それが「悪い」わけではありません。群れの集合知を活用することで、わたしたちは最適化された観光ルートをたどることができます。
 ただ、イナゴの群れのように組織された旅行者は、☆5のついた観光スポットに向かってなだれ込むように進みます。イナゴはその凶暴なイメージに反して、じつに合理的に動くのです。けれど、脇目もふらず観光地への最短ルートをたどるとき、わたしたちは旅行の醍醐味である「暇な時間」を潰してしまってはいないでしょうか。

 暇がなければ旅行にだって行けやしない。ところが、効率的な情報と瞬時につながれるイナゴ達は、旅先でどこへ向かえば良いのかわからなくなるような「暇な時間」を経験することが難しくなる。だからこそ批評という迂回路が必要なのです。
 スマートフォンに表示された観光スポットをタップすると、無関係ではないがほんの少しズレたページにリンクする。さらにリンク先のページ群が、いくつかのキーワードをハブにして、モアレ状にブレた観光地のイメージを生みだしていく。そのためのリンク集が本誌における論考です。『LOCUST』はロードサイド、米国文化、秘境といったワードに惹かれて西東京を目指す旅行者に、ある種の混乱を呼び込みます。イナゴの群れは目指すべき進路を見失う。その代わり、☆5ルートの脇道で観光地の未知なる余白を発見するかもしれません。

 だから『LOCUST』は、ついつい寄り道をしてしまいたくなる迂回路が、アリの巣のように張り巡らされたロードマップとして役に立つ。ここで批評とは、目的地にたどり着かないための技術であり、道草する無駄な時間を生み出す方法です。あなたが手にとったガイドブックは、あなたを迷子にするための旅行誌なのです。

 旅行は、無駄な時間を楽しんでこそ。好奇心の湧き立つ暇をあなたに。だからポケットにはいつも、ロカストを入れて――。

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