📗【文書版】✴️礼拝メッセージ『愛敵の教えは二次加害か？』新約聖書　マタイの福音書第5章38～48節　2024年4月21日

📗昨日の礼拝メッセージのテキスト版もここに掲載いたします⬇️
✴️礼拝メッセージ『愛敵の教えは二次加害か？』
新約聖書　マタイの福音書第5章38～48節　2024年4月21日
 
38　『目には目を、歯には歯を』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。
39しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つ者には左の頬も向けなさい。
40あなたを告訴して下着を取ろうとする者には、上着も取らせなさい。
42あなたに一ミリオン行くように強いる者がいれば、一緒に二ミリオン行きなさい。
42求める者には与えなさい。借りようとする者に背を向けてはいけません。
43　『あなたの隣人を愛し、あなたの敵を憎め』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。
44しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。
45天におられるあなたがたの父の子どもになるためです。父はご自分の太陽を悪人にも善人にも昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからです。
46自分を愛してくれる人を愛したとしても、あなたがたに何の報いがあるでしょうか。取税人でも同じことをしているではありませんか。
47また、自分の兄弟にだけあいさつしたとしても、どれだけまさったことをしたことになるでしょうか。異邦人でも同じことをしているではありませんか。
48ですから、あなたがたの天の父が完全であるように、完全でありなさい。
 
　主の恵みと平安が皆さんの上に豊かにありますように。
　この日も皆さんとご一緒に主の日の礼拝にあずかれますことを心から感謝いたします。
　
　皆さんは、共同親権についてどのくらいご存じでしょうか？先日、衆議院本会議を通過したわけですが、この共同親権は、離婚後も父母双方が子の親権を持つという法案なのですが、それだけ聞けば、お父さんお母さんが協力して子育てできるからいいやないの？と思ってしまいそうですが、が、モラルハラスメントも含むＤＶ―ドメスティックバイオレンス―から逃げ出して離婚したシングルマザーの方々を中心に、恐怖の叫びが上がっているんですね。
　ＤＶを受けて命の危険を感じて逃げ出したのに、今度はこの制度によって共同親権を強制されるので、何が起こるかというと、子供の修学旅行や手術などにも、両方のハンコが必要になるので、ＤＶをした元夫に会いにいかなくちゃいけなくなるわけですね。〇〇しないとハンコを押さないぞ、と脅される危険性も出て来るわけですね。
　海外では確かに、共同親権はけっこう主流なところもあります。でも、海外の場合は、すぐにＤＶ認定されたり、養育費の支払いが強制化されているシステムがあったりしますので、まだ女性が守られているところがあるんですね。それであっても、トラブル、もめ事は多い制度なんです。
　ところが日本では非常にＤＶが軽視されている傾向があります。たとえばあるシングルマザーの方によれば、
 
「離婚の原因がＤＶだと認定されれば」共同親権にはならない、と言いますけど、うちは元夫が私と乳幼児に包丁を突きつけて追いかけてきた瞬間が偶然にも録画できていたので裁判所に証拠として提出しましたが、「ＤＶには当たらない」と判断されました。
 
　こういった形で、ＤＶに関して非常に浅く甘い判断がなされるんですね。おまけにこの法案では、未来にＤＶの恐れがある場合には共同親権にはならなくてそのママさんと子供は助かるんですが、過去のＤＶは除外される。そしてＤＶをした側が反省していれば、未来のＤＶの心配はないと判断されるとありますので、でもそんなの分かんないですよね。そんなのいくらでも反省したふり・演技はできますので。さらにその他の問題も山ほどありますけれども、共同親権になったら、絶望したママさんの命にかかわる可能性もありまして、これを廃案にしようという署名が約23万筆も集まっているわけですが、そういった声は全く無視されるかのようにスピード可決されている状況なんです。
 
　私はこの共同親権の一連の流れで、この本のことを思い起こすんですね。小説家の三浦綾子さんが書きました伝記小説「われ弱ければ、矢島 楫子(やじまかじこ)伝」というものですね。
　この方は―そちらにチラシもありますけれども―日本キリスト教婦人矯風会の創設者の方なんです。この方は、夫が、今でいう度重なるＤＶをする方でして、ある日なんと楫子さんが抱いている幼いわが子に向けて小刀を投げつけて来たっていうんですね。「夫が刃物を投げて来ても実家に帰るな」という時代に、楫子さんの方から離縁して、その後は梶子さんは教育者として、また社会事業家として、様々な方面で活躍なさるわけですね。
　確かに聖書を杓子定規に当てはめれば、離婚は罪ということになるでしょうけれども、しかし三浦綾子さんがこの小説で問いかけたかったことの一つは、そう単純化してよいのだろうか？そこで思考停止してよいのだろうか？ということではないかと、私は読んだ時に感じたのです。
　私は楫子さんの場合は、幼い子供の命を守るために別れを決意したのだから、それによって、「殺してならない」というモーセの十戒を守ったという言い方もできるのではないかと思うんですね。
　
　で、しょっぱなから重いことを申し上げたんですけれども、なぜこのことを申し上げたかと言いますと、この今日神のことばとして共に聞きました主イエスのことばですね。イエス様の山上の説教の一部です。44節の「敵を愛しなさい」という、「愛敵の教え」と呼ばれたりもするみことばです。このみことばが被害者をより苦しめる用法で使われることがあるのではないかということがあるからなんです。ある方がこのみことばについてこういう文章を書いていらっしゃいますので、少し割愛しながら読んでみます。
 
「敵を愛する」は愛敵の教えとして、キリスト教では根幹的な教えの一つのように思われています。その精神性にひかれてキリスト教に入る人もいますし、歴史的にも大きな影響を与えて来た教えであります。この教えに従って社会的に行動してきた多くの証人たちを見るのであります。
 
　しかし、最近、どうしてもこの教えが、弱った人々に対して暴力的に働き、彼害を受けた人々が自分を縛る言葉として、この言葉を巡って苦しんでいる姿ばかりを目にします。虐待を受けて来た人たちが、そして今なお、その後遺症で苦しむ人たちが、この教えを現代の感覚で文字通り受け取るために、自分の感情と闘い、消耗しています。―ここからちょっとぼかしてところどころ私の言い方に変えますけれども―ある性的被害を受けた女性がいて、その女性に対して、この「敵を愛せよ」という教えから「赦さなくてはいけない」といって、ある人が説得していたというんです。被害者の女性は傷ついている。人間としての尊厳を踏みにじられた。それなのに、まず法的措置を取らないようにいう。ドローにしようとするのです。そして更に精神的に難しい「赦す」という作業をするようにいう。牧師さんも同じことを言ったと。まさにみことばを使って二次加害するという状況が存在したのです。
 
　こういうことでですね、果たしてこの「敵を愛しなさい」ということばは、こういう適用で良いのだろうか？信徒教育とは果たしてそういうものなのだろうか？こういう問いです。矢嶋楫子さんに当てはめるならば、やはり夫のもとに帰って愛するべきだったのか。それはおそらく違うと思うんです。加害者がかばわれる土壌を温存する用法になってしまうと思うからですね。
 
　このイエス様のことばの数々を、現代の私たちの生活にそのまま当てはめるならば、こうだろうかああだろうか、と、色々と考えることができると思います。
 
　少し補足説明が必要なことばがありますので、短く簡略版で一応説明しておきますと、目には目を、歯には歯を、というのは、ハムラビ法典にも出て来ることばで、広くオリエント世界にあるものだったんですね。同害報復法(あるいはタリオ法)って言われていて、でも「やられたらやり返せ」という意味ではなくて、目をやられたら目だけだと。歯を１本折られたら相手の歯を１本折るだけだと。復讐はそれだけでとどめておきなさい、という過剰な復讐を防ぐためのものなんですね。あなたがたはそう言われているのを聞いているだろう、と。けれどもわたしはあなたがたに言います。悪人に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つ者には、左の頬も向けなさい。そのことばを起点に、悪人に手向かわないとはどういうことか、という話が展開していくわけです。
 
　下着を取ろうとする者には上着もやりなさい、とイエス様がおっしゃった時の当時の下着とは、キトーンと言って、袋みたいなのに手と首を出せる穴が開いているような形ですっぽり着れるようなものです。そして上着はヒマティオンと言って、どっちかというと、コートかマントのようなものですね。貧しい人にとってはこれは大切な財産で、ユダヤは夜は寒いですから、これを布団(ブランケット)がわりに使いました。だから裁判でもこれだけは抵当にとってはならないことになっていたんですね。取ってしまったら凍えて死んでしまうかもしれないからですね。それさえもあげなさいと。
 
　そして1ミリオン行きなさいとは、距離の単位で、約1500メートルです。これはいわゆる徴用のことでして(徴用工ということばがありますよね)、当時ユダヤはローマ帝国の支配下にありましたから、ローマ兵が、「おい、そこのお前、この荷物をどこそこの町まで運べ」と言ったら、たとえ農作業をしている途中であっても、「すみません、今仕事ありますから」って言えないんですよね。こちらの都合は無視していいように使われる上、それに対する賃金も払われない。屈辱的だったでしょう。でもそういうことであっても、1500メートルどころか、さらに倍の距離でも運んであげなさい、とイエス様おっしゃるんですね。
 
　さらに求める者には与えなさい、借りようとする者に背を向けてはいけませんというのは、前の翻訳では、「断らないようにしなさい」となっていました。同じ意味です。
　
　さぁこれらの教えを、現代の私たちの生活にそのまま適用して実行するならどうでしょうか？だんだん「無理だ」ということが分かってくると思います。そして、たとえば「借りようとする人に断らないようにする」これ一つとっても、私も実行したことがありますけれども、いいこと一つもないです。むしろ現代の心理学でも明らかになっているように、共依存、という関係になってしまうことがあるんですね。そして、相手の自立をむしろ邪魔してしまう、ということがあるんです。お金を貸せば、お金と友情を失う、とはよく言ったものです。また際限なくそれをすれば、破産してしまうでしょう。
 
　そして右の頬を打たれたら左の頬を出しなさい、これを実行するとどうでしょうか？ある教会学校・こどもの教会の先生が、言っていらっしゃったんですけれども、教会学校の子供は、学校や幼稚園でいじめられやすい、って言うんですね。それはイエスさま信じてるってことでバカにされる、というよりもですね、「手向かってはならない、右の頬を打たれたら左の頬を出しなさい」と習うからなんだ、って言うんですね。子供って凄い素直に聞く傾向がありますよね。教会学校の先生のことばを大人以上に実践しようとする場合があります。そうすると幼稚園や学校で友達に叩かれてもじっとしている。なんにも言わない。そうすると、「お前なんでやり返さないんだよ」って言われてバカにされてさらにいじめられるって言うんです。だからそんな安易な教会学校メッセージしないっておっしゃっていました。
　
　こういうふうに実践していこうとしますと、「イエス様は間違っているんじゃないか？」と思ったり、あるいは、イエス様のこれらのことばに対して、少し割り引いたり、註を加えたりして、「こういう場合にはイエス様のことばを守らなくてもいい」というふうに読んでしまうことがあると思うんです。でもそもそもそういう枠組みでこれらのみことばを理解していいのか、ということですね。
　それで、何年か前に礼拝説教で用いた図をお持ちしました。マタイの福音書の山上の説教の第5章の今日の箇所の手前までの流れなんですね。

　この続きに今日の38節～48節があり、マタイ第7章の終わりまで続くわけなんですけれども、イエス様の中には一貫した流れがあって、「あなたがたは〇〇と聞いています、〇〇と聞いています」と繰り返し主イエスがおっしゃっているのは、旧約聖書そのものではなくて、口伝律法(くでんりっぽう)と言う口伝えの律法なんです。そのパリサイ人、律法学者の教えた「口伝律法」への批判と、モーセの律法本来の意味、これを一貫して語る、その一貫した文脈の中に、今日のこれらのことばもある、ということ、これをよく理解しておく必要があるんです。
　そうするとですね、律法の本来の意味を語られますと、凄く厳密である、と。人間には誰にも守ることのできないものだよ、人間はすべて罪びとなのだよ、このことに、群衆や弟子たちに対してももちろんそうですし、特に、自分は正しい、律法を守れていると自称している律法学者・パリサイ人たちを批判なさっている、ということですね。そうですよね、殺してはならないというのも、殺しさえしなければいいのか、そうじゃない。人に対して「ばか者」と言う者は、最高法院でさばかれる。人に対して「愚か者」と言う者は燃えるゲヘナに投げ込まれる、って主イエスはおっしゃるんですね。律法本来の意味とはこれだけ厳しい、だから、人間には無理だろう、そうだ、人間は律法の一つも厳密には守ることができない、誰しもが罪びとなのだと、自分はできている、と思い込んでいる者に、語りかけていらっしゃる、今日の一連の御言葉も、イエス様の「殺してはならない」の解き明かしと、同じ気付かせ方なわけですね。
 
　そこで私たちが皆罪びとであることに気付くという魂の動きというのは、また繰り返しみことばを聞き、祈り、黙想を重ねて行くと、年数が経つごとに、もしくはある体験によって、さらにさらに深めてられていく、ということがあると思うんですね。
　私は以前に、緒方正人さんという方を説教の中で触れました。お父様を水俣病で亡くされて、それから水俣病患者認定運動の最前線で闘っていらっしゃいましたが、後に認定申請を取り下げた方なんですね。
　この方の「チッソは私であった」というご著書を以前読みましたけれども、今度は緒方さんの「常世の舟を漕ぎて」という本も読みました。
　チッソ株式会社は、水俣病の原因を作ったとされる会社です。その会社や、国や、県などと闘って行くわけなんですけれども、その途上で、裁判などではどんどん勝って行ったり、被害者が補償金を受け取れるようにどんどんなっていくんですけれども、途中で申請を取りやめることになるんです。カネじゃないんだ、って言うんです。じゃあカネじゃなかったら何なのか？ということで、緒方さんはこういうことをおっしゃっているんです。
 
【損害賠償を払えば責任が完結するかのようにみえてしまう。俺はそこに引っ掛かりを感じたんです。そして、カネでなければ、では一体何なのかとずっと考えてきました。本来、責任というのは痛みの共有だと思うんです。ところが、痛まずにすませるために、「これだけの金額で我慢してくれ」という商取引のような関係にもってきてしまう。金は責任という言葉に変換される。そしてこの変換によって何か重要なものが失われていくんです。俺はその変換を拒否したかった。だから、申請を取り下げた。】
 
　って言うんです。そして「チッソは私であった」という洞察に辿りつくんですね。
 
　どういうことかと言うと、闘争の中で、会社を相手にとっても、国を相手にとっても、担当者はコロコロ代わるし、まるでつかみどころのない、首がすげ変わる化け物を相手にしているようだった。本当は魂の詫びというものをしてほしいのに、システムなんかと闘っても、裁判に勝ちました、お金いくら払います、といったようなシステムの言葉しか返って来ない。チッソの会社の中で誰だけが悪いとも言えない。そういう時に、緒方よ、お前はどうなんだ、という問いかけに想いが至った、っていうんですね。自分がチッソの従業員だったら、また重役だったら、同じことをしたんじゃないか。さらに自分の家の中を見れば、チッソが作った製品が使われている、便利な文明の道具がいっぱいあるじゃないかと。そういうことで、水俣病をもたらしたものは、「文明の罪」であり、私たち人間全員の罪だと捉えなおすわけですね。だから緒方さんは、仏教的な素養の強い人ではありますけれども、「原罪」ということばを使うんですね。その原罪について、文明と自然破壊の文脈でこう言っているんです。
 
【こうした豊かな自然を産業文明が破壊していくわけですが、俺はそれを人類史に刻み込まれるべき人間の「原罪」と呼んだ。水俣湾とあの埋立地が人間というものの罪深さをみごとに表しているとすれば、…】
 
　と続くわけですね。この立ち位置がですね、この今日のイエス様が導いておられる立ち位置とほとんど同じではないかと思うんですね。そうだ私も含め人は皆罪びとなんだ、だから皆救われなければならない。その地平に私たちは立つんです。
 
　それは最初にいくつか例を挙げましたように、泣き寝入りを勧めることではありません。実際的な生活においては、時に明らかな加害者と明らかな被害者の関係というのがあって、齊藤幸平さんと奥田知志牧師の対談で語られていたように、相手が加害性に気がついていないということがあるので、あなたが今踏みつけているその足をどけてくれ、って言う必要があるんですね。そうやって声を上げる、自分だけじゃなくて、他者の、特に弱者とされている人びとの権利を守り、できるだけ平等な社会を実現するために、そして次の世代にそれを手渡していけるために、時には場合によっては裁判に訴えることや、相手が法によってそれ相応の罰を受けることを望むことや、被害者が補償金を受け取ることがあってもいいわけですよね。今日のイエス様のみことばは、実際の社会生活においてそれらを禁止したり放棄させるために語られたみことばでは本来ないからです。意図が全然違います。
 
　そういう社会的なことはそれはそれで大切なことでして、でもそれは緒方さんの言い方を借りれば、次元が違うというか、地層の浅いところなんですね。緒方さんが魂の遍歴を経てたどり着いたところは、地層の深いところでして、主イエスが導いておられるところは殆ど共通していると思います。緒方さんは漁師をやって魚という命を殺して食べることにも、スーパーでそれを買うことにも、真摯に自らの罪というものを覚えていらっしゃいますけれども、私たちが生まれながらに弱くて、不完全な存在であって、傷ついている存在であるので、地球や環境や動植物の命をどっかで殺したり傷つけないと生きて行けない存在であって、その傷つけることは、どうしたって、やっぱり他の人間にも向かうわけですよね。これだけ資本によって世界中がつながっている世界の中で、まわりまわって世界の誰かにどっかで割を食わせているし、私がたとえば、過去に様々なハラスメントを受けたことがありますけれども、私もまた、別の誰かに無自覚なハラスメントをしたかもしれない、そういうことも含めて様々絡み合っていることがあるんですよね。
 
　緒方さんの話がちょっと多くなって申し訳ないんですけれども、彼が認定申請を取り下げてからですね、常世の舟という、あえて今の時代に木造の舟を作って、チッソの会社のところまでその舟で行って、会社の自転車置き場の所でムシロを敷いて座り込みをするんですね。それで何をしたかというと、ただ、用意してきたムシロに黒と赤の塗料で、「チッソの衆よ」「被害者の衆よ」「世の衆よ」と三方に向けた呼びかけを書き始めたんですね。そして、何も要求しない。かえって、チッソの社員の方に、あしなかっていう一種の草履を編んで作ってあげたりしたそうなんですね。それで喜んでました、って言うんです。チッソの労働者たちがあしなかを編む俺を見て「懐かしいなあ」と言う時にも、会社人間の顔が一瞬消えて、違う表情が現れます、って言うんですね。なんて穏やかな世界かとその文章を読んで思いましたけれども、まさにそこで、何のてらいもプレッシャーもない、ある種の「敵を愛する」の一部が実現しているかのようなことが、起こっていたと思うわけです。
 
　こういう境地というのは、緒方さんのような長年の魂の遍歴を経た者がたどりつくものだと思うんです。私たちにとっては長年の祈りと黙想とみことばを聞くことによって。決して人から言われてではない。決して、なんらかの被害者に対して、「ゆるしなさい」とか「敵を愛しなさい」とか言ってカッコつきの指導をされることによるのでもなければ、あるいは講壇の上から説教者が「あなたがまだゆるせていない人はいますか。ゆるしていないなら、それはあなたの罪ですよ。怒りや憎しみをいつまでも持っているのは、あなた自身をも繰り返し傷つけることになります。さぁ憎しみを手放そうではありませんか。それが憎しみの連鎖を止めるのです」と呼びかけられることによってでもありません。これ実はまずいんですよね。そもそも怒りは、みことばの押し付けや、説教者の呼びかけによって手放せるものではないので、どうなるかというと心の奥に封じ込めることになるんですよね。そうなると、辛かった感情を言語化して表現するという「感情の社会化」ができなくなるので、ある場合には心病みやすくなるんですね。かえって、「ゆるしなさい」「敵を愛しなさい」と被害者に言うこと自体が、誤った適用であり、二次加害であり、負いきれない重荷を相手に負わせるパリサイ人の律法主義の罪を犯すことになるかもしれません。
 
　さて、それならば、私たちには今日、主イエスは、どんな福音の呼びかけをしてくださっているのでしょうか？どんな慰めと解放のメッセージをお語りくださっているのでしょうか？主は今日、私たち人間が全員罪びとであるということに気付かせようとしてくださっている、そこまでは分かりました。ではそれなら、ある意味で誰にもできない、誰にもたどり着けない高尚な理想だけをお語りになって、それで私たちをほったらかしになされたかというと、もちろん、断じてそうではありません。
　以前にも山上の説教の解き明かしの時にも申し上げたかと思いますけれども、イエス様が、これらのみことばを語られた背景には、ご自身の十字架に向かわれる歩みが、念頭にあるんですね。十字架、ということばが、今日のみことばには、一言も語られていなくてもです。
　イエス様は、わたしは律法を廃棄するためではなく、成就するために来た、とおっしゃっているんですよね。誰にもできない神の律法の要求を満たすために来られた。
　十字架の歩みを思い起こしてください。頬を打たれ、十字架を背負ってローマ兵に何ミリオンも歩かされ、上着も下着も兵士たちに取られて丸裸にされました。
　それでも「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか分からないのです」と言われて、敵をも完全に赦し愛することができたのは、本当はこの方のみです。人間には決してできないことをされた方は誰か、主イエス・キリスト、この方こそまことの神ではないか。この方を見上げようではないか！「あなたが誰かを赦していないのは罪だ」と責めたてるその律法から主は解放してくださいます。主はお語りになります。「その律法はわたしが満たした！あなたはゆるされた！安心して行きなさい。」
 
お祈りをいたします。
恵みとあわれみに富みたもう、私たちの主イエス・キリストの父なる御神
今あなたのみことばを聞きました。あなた様のみことばの真意がわからずに、人に対して誤った当てはめ方をしてしまって、かえって傷付けてしまうことがあります。どうぞおゆるしください。しかし主よ、あなたは私たちを新しい地平に立たせてくださいます。そして怒りを持っていることを責めたてる債務証書は無効にされました。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘付けにされました。心から感謝しつつ、主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。
 
#共同親権 #矢嶋楫子