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物を手放しても人生が大きく変わったと感じられないあなたへ

捨て活、断捨離、断活…。
呼び名は様々あるが、私も幾度となくそれをやってきたつもりのひとりだ。

「やってきたつもり」というのは、一通り済ませた後に期待していた効果をあまり感じなかったからである。

巷には、不要な物を手放したら人生が大きく変わった!的な体験談に溢れている。
しかし私は、物が少なくなって管理がしやすくなった、探し物をしたり、迷ったりする時間を削減できた、程度だったのだ。

なぜ、私の人生は他の人達のように大きく変わらないのだろう。
これまでの生活の変化を振り返りながら考えた。
もしかしたら、本当に手離すべき物をまだ手放せていないのでは?

それって一体なに?


私はここ最近やっとその答えに辿り着いた気がしている。
手放すべき物、それは、

「毎日ちょっと自分を不幸に感じさせる物」なのである。

自分の身の回りを見渡して、そういう物がないか思い巡らせてみてほしい。
壊れていない。ボロボロでもない。使える。使いにくいわけではない。でも、昔の自分、悲しかった出来事を思い出させる物がないだろうか。


私の場合はその代表が、なんと布団カバーだった。それとお揃いの枕カバーも。それらは前のパートナーと住んでいた頃に私が気に入って買った物だった。

その人と別れて5年以上が経っている。
その人は他の女性と結婚し、子どももいる。

そして私は子どもはいないが結婚している。
旦那は私をとても大切にしてくれている。以前のパートナーよりも遥かに私を大切にしてくれている。

それなのに、私はいまだに以前の彼の事を時々思い出しては、被害者意識を感じたり、がっかりしたり、悔しいと思ったりしていた。
私はなんて立ち直りに時間がかかるのだろう。来年もその先も、こんな惨めな気持ちを手放せずに生きるのか…。


しかし転機は訪れた。


最近羽毛布団を新調したのだが、小さいサイズを買ったため、それまで使っていた白いワッフル地の布団カバーではぶかぶか過ぎて、カバーの中で布団がねじれてしまうのである。クイーンサイズからシングルサイズに変えたのだ。かなりサイズに差があるから無理もない。

私と旦那は同じベッドで寝るものの、寝ている間に掛布団の引っ張り合いをしてしまうので、掛布団や毛布は各々の物を使うという解決策に至った。

気に入っていた白いワッフル地の布団カバーは、よく見ると小さく穴があいている部分もあるし、冬は乾きにくいし、そろそろ引退か。そうしてシングルサイズの布団カバーを買ったのである。


新しい羽毛布団に新しい布団カバー、と、お揃いの枕カバー。
さらりとした綿の、シンプルな無地のライトグレー。
自分では選ばない色だったけれど、旦那の布団カバーと揃えた方がベッドがすっきりして見えるだろうと合わせてみた。

ベッドに設置して寝室が見違えた。生活がガラリと変わって見えた。

そこで気付いたのである。この白いワッフル地の布団カバーから私は前の彼を思い出していたのである。無意識に。そういえばふと過去を思い出して不幸な気持ちになっていたのは、いつもベッドの中だった。朝目覚めた時。夜寝る前。洗濯はマメにしているからきれい。シミなんてない。でも、思い出が染みついていたのである。昔の私が染みついていたのである。


気に入ってた。でも時々少しの時間、私を不幸な気持ちにしていた。
私の暮らしは平和。でも、そこにいつも影を落とすのは前の彼のことだった。

元カレ・元カノ関連の物は処分するかしないかが話題になることがある。物に罪はないのだから、処分しなくて良いのでは?と私はずっと思っていた。
しかし、実際のところ、私はそれによって自分の不幸を長引かせていたことに気付いた。

手放すべき物は、見るたびに自分を不幸な気持ちにさせる物。

そういう観点で自分の持ち物を改めて見ると、手放すべき物がはっきりわかった。あの頃の自分が使っていた物。
それだけではない。自分が出演できなかったイベントのトートバッグや、他の人とかぶりまくりのブランドリュックなど、目にする度に複雑な思いになる物達だ。些細なことだけれど、日常生活の束の間に感じる後ろ向きなその気持ちが、私を過去に連れ戻し、足を引っ張っているのである。


やっと私は「今」に集中して生きられる気がしている。






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