名刺代わりに無配本を作った話 ―ハコボタ巡礼 3
⬇️前回の話
制作に緊急着手
空路で大分に入り、別府港を経由して由布岳を遠目に長者原を目指し、大神先生が見たであろう景色を可能な範囲で探して歩き、豊後竹田から特急「あそぼーい!」に乗って熊本へ行き、峰咲さんに挨拶して、最後は空港ライナーもとい乗合バンに乗って熊本空港から帰る。
それが当初考えていたベストだったが、なんと峰咲さんが旅についてきてくれるという。
大分・熊本の土地勘ゼロの私にとって地元の方というだけでもありがたいのに、「ハコボタ」の祖である作品の著者がご一緒してくれるとは。これ以上の同行者がいるだろうか。
さて、こうなると「挨拶してお礼を伝える」どころではない。
名刺を作らなくてはならない。
まさか合同本より前に単独で自作とは……
私は雑誌をキャリアの基点として、商業印刷物にそれなりに関わってきた。しかし常に編集さんや広告代理店さんがついている、謂わばクライアント側の人間だ。校了までが仕事であり、その先は業者さんがやってくれる。インハウス制作したのはせいぜいフライヤーやポスター程度で、書籍の入稿データを全て自作した経験はない。まして同人誌を制作したことなどない。
「ハコボタ」も本にする気は当初さらさらなかったが、シリーズが想定外に長くなり、また主人公が作家というのもあって、峰咲さんと「いつか一緒に文庫の鈍器を作ろう」と話したりしていた。
折しもこの時期TLでは若干名の神絵師による村人大虐殺が始まっていた。
その発端が「峰咲さんを刺すために制作された恐怖のイラスト本」だったこともあり、私はかねて約束していた、とあるセリフに纏わる番外編を書き下ろして、少部数で印刷することを決めた。
峰咲さんとの合同本より前に、単独で印刷することになるとは思ってもみなかった。
原稿を書く時間が皆無の5月
まずは原稿を書かねばならない。しかし先述の大虐殺により、春の大型連休中、私のメンタルは完全に死んでいた。投下されたイラストに触発されて半日でSSを書いてぶん投げ返すようなアホまでやっていた。さしずめドラクエのアンデッドである。
ところが飛行機、宿、レンタカー手配、旅程の考案などで時間が溶けていく。
おまけにGW明け以降も仕事の状況が悪く、残業やら緊急の泊まり出張やらが続いて、ファイルが真っ白なまま5月が終わった。
「やばい。間に合わない」
「テーマはずっと前からあるんだから書き始めればすぐだ」と思っていた私は甘かった。同じ状況の方(=絵が描けない字書きが単独で同人誌を制作)のnoteや印刷所さんの説明を読み漁りつつ追い込みをかけ、脱稿の目処が立ったのは6月の2週目だった。
本の入稿データをどう作るか問題
たとえウスイホンと言えど、中綴じと言えど、本にするというのは面倒な作業である。
印刷所を選定し、発注数、サイズや紙を決め、面つけを考慮しながら本文・扉・奥付データを作る。おまけに表紙データは背幅にサイズが左右されるので、本紙頁数が決まらないことには着手できない(ことが多い)。
初稿が上がった段階で文字データを「縦式」に流し込み、レイアウト設定をしてPDFプレビューをかけた。ここで大まかな頁数が判明するも、26という中途半端ぶりに頭を抱える。
オンデマンド中綴じなので印刷単位は4頁。縦書き小説なので左スタート。つまり表2対向に当たる本紙1(左)に扉を置き、2(右)は空白、3(左)から28が本文になる。ということは、このまま発注したら本紙32頁のうち29-31の3枚が空白になってしまう。ダサい。ダサすぎる。
中身を変える気はもうないので、字組と改段を工夫して2ページ減らさなくてはならない。しかしこの時点で出発まで10日しか残っていない。「シメケンプリント」さんの特急コースならまだ間に合うが、我ながらギリギリすぎるだろ。
ちまちまと直す作業が続く。
「書き出したPDFをiPad miniで開いてLogicoolのcrayonで普通に赤入れ(校正記号で)して、一気に直せばいいんじゃね?」
と気づいたのは何次校だったか。本当にバカ。
並行して表紙制作である。
字書きにとって最大のハードルは表紙だ。
私は四半世紀前に絵を描くことを諦めた人間だ。おまけに本文のページ数が出ないと背幅が割り出せない。慣れた人なら「このページ数に絶対収める」と決意して懇意の絵師さんに表紙を依頼し、上がりを待つ間にコツコツ原稿を仕上げるようなこともできるだろうが、放っておくと際限なく文字を打ってしまう私にそのような芸当は未来永劫不可能だろう。
初稿で愕然としつつも「本紙28頁構成にする」と決めて、背幅計算をかけてpx数を割り出し、あとは大人しく「Canva」の世話になる。タイトルに合わせてテンプレートを選んで加工し、同じデザインを流用して扉も作った。
デザインセンスはなくてもレイアウトデータなら難なく作れる。「Illustrator/Photoshopを使う仕事をしてきて良かった」と思った瞬間だった。
それにしても字組推敲しては本文を直しつつ表紙を作るこのターンは、有り体に言って地獄ムーブだった。睡眠時間が連日5時間を切った。
「本当にこれで合っているのか?」と無性に不安な気持ちを抱えながら入稿したのは出発の1週間前。手元に届いたのは前々日だった。嬉しいよりも、「良かった、マトモに完成した……」という安堵が遥かに勝ったハコボタ1号機だった。
こうして私は「自作の無配本」という殺傷力不明の武器を土産に紛れ込ませて、火の国へ飛んだ。
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