全国「精神病」者集団・山本眞理さんへのインタビュー | 人権市民会議  2008年



全国「精神病」者集団とは…精神障害を持ち、あるいは過去に持っていた人で、周囲から「精神病」者との「レッテル」を貼られた経験を持つ個人や団体からなる組織。1974年設立。「精神病」者の当事者団体として、「精神病」者の人権活動に取り組む。



――「『精神病』者」、「精神障害者」とは、具体的にどのような人ですか?
私たちの活動の基本には、「障害の社会モデル」という考え方があります。障害は個人にあるのではなく、社会の側にあるという考え方です。
「精神障害者」とは何かというのは、難しいところです。例えば、私たちの「全国『精神病』者集団」という名称ですが、あえて「精神病」という単語にカギカッコをつけています。これは、「精神病」であるというレッテルを貼られたという意味です。


医学的にいえば、「精神病」は、重症の精神疾患を指します。医学的「精神病」はかなり狭いですが、私たちは、「精神病」というレッテルを貼られた人が集まって主張していく団体として、あえて、少しドギツい「精神病」という単語を団体名に使っています。病名も、入院・通院歴も問わず、現在または過去に、社会から「精神病」とされる病気にかかった人なら、誰でも私たちの活動に参加できます。


――精神障害者に対する差別のこれまでや現状について教えてください。
■精神障害者の人権を侵害する精神保健福祉法・医療観察法
まず、日本は、人口比・実数ともに世界一、精神障害者を閉じこめている国だと言わなければなりません。250~260万人の精神障害者がいるといわれていますが、うち35万人が入院しており、さらにそのうち14万人が、鍵のかけられた部屋に24時間閉じこめられた状態におかれています。この「14万」という数字は、約7万人といわれる刑事施設入所者数と比べると、どれだけ多いか分かると思います。


欧米では50~60年代以降、精神障害者の入院は減少しました。しかし、日本は逆で、60年代から私立の病院が増え、閉じこめられ、隔離される精神障害者が増加してきました。


精神障害者は知的障害や発達障害を持つ人たちと共に、「治安」の対象とされています。医療や福祉の対象である前に、です。この「治安」の観点から精神障害者の人権を侵害する2つの法律があります。精神保健福祉法と、医療観察法です。


簡単にお話しすると、精神保健福祉法とは、刑法の逮捕監禁罪を免責するための法律です。刑法に堕胎罪があるけれど、母体保護法によって、妊娠中絶が合法化されているのと同様の構造です。精神保健福祉法では、主に2つの強制入院の形態があります。(1)医療保護入院と、(2)措置入院です。
「医療保護入院」は、精神障害者であり、入院の必要を精神科医が認めた場合、保護者(主に家族、家族のいない場合は市町村長)の同意で強制入院させられるというもの。


「措置入院」は、精神障害者であり、その精神障害により「自傷他害のおそれ」があると、2人の精神科医(指定医)が認めた場合に、本人はもちろん、家族が反対しても強制的に都道府県知事の権限で強制入院させられるというものです。この「自傷他害」のうち「他害」というのは、単に他人の身体を傷付けることだけでなく、名誉毀損や侮辱、「社会的法益」の侵害まで含む、非常に広い概念です。


「自傷他害のおそれ」の恐れの通報は、私人でもできます。例えば、実例ですが、入院させられている患者が病院で雑務に使役させられていると、その病院を退院した精神障害者から、法務省人権擁護局に通報がありました。それを受け、法務省は調査に入りました。ところが、この通報について、病院長は「名誉毀損」だと訴え、通報した患者は精神保健福祉法にある「自傷他害のおそれ」があるとして、精神保健福祉法上の精神鑑定を強制されました。結果として、強制入院はさせられませんでしたが、こうした例は少なくとも私の知る限り2例あります。こうした「鑑定」の結果、「措置入院」というかたちで強制入院させられた人がいないとは断言できません。


日本では、精神障害者が地域で暮らすための受け皿がありません。病院で暮らさざるを得ず、20~30年以上入院している人も少なくありません。海外であれば、地域で暮らすことができる精神障害者も、日本では、強制隔離されてしまうのです。精神障害者が気軽に地域で医療を受けられ、どうしても入院が必要な場合以外には、通院やショートステイにより治療できるような環境の整備が、全国各地で必要です。


医療観察法は、心神喪失の状態で殺人などの罪を犯した精神障害者を、強制的に入院・治療させるものです。精神障害者が罪を犯すと、医療観察法の下で、対象とするか否かを決めるために、厚労省が作成した「鑑定ガイドライン」に沿って医師により「鑑定」されます。この「鑑定ガイドライン」は、「鑑定」において、根拠のない「再犯の可能性」や「リスク」を重視するもので、このガイドライン、ひいては医療観察法が、「治安のための長期拘禁」につながる恐れがあるとして、私たち精神障害者団体だけでなく、弁護士会や精神科医らが強く反対しています。


政府は、触法精神障害者対策に180億円、社会的入院(病気やケガが回復し、入院の必要性が低いあるいはないのに、家庭の事情や地域の福祉体制の不備で受け入れ先がないために入院し続けざるをえない状況)をしている人たちの退院促進に17億円を投入していますが、私は、この金額は逆であるべきだと思います。精神障害者を対象とした「治安」対策ではなく、地域で暮らせるような環境整備に力を入れるべきです。


■信用できない人権行政―これまでの経験から
80年代後半のことですが、法務省人権擁護局内の人権実務研究会が出した「えせ同和行為対策の手引」という本の中に、「暴力団は怖くないが、精神異常者は怖い。精神異常者が目の前に現れたら逃げ出す」という旨の記述がありました。「とんでもない!」ということで、精神障害者団体や精神科医、日本精神神経学会などが抗議をしたのですが、法務省は次のように回答しました:「精神障害者」とは書いていない。「精神異常者」とは精神障害者である皆さんのことではありません。差別ではありません。


この頃は今以上に精神障害者に対する差別が顕著で、例えば、精神障害者は地方議会の傍聴ができないという条例があったし、美術館へ行けば「精神障害者入館お断り」という表示があったりもしました。


法務省は結局、「精神異常者」とは確かに書いてあるが、これは「精神障害者」を指すのではないとの主張をくり返し、とうとう謝罪も撤回もしませんでした。これまでにこういうことを経験してきたために、法務省による人権行政というものは、まったく信用していません。


■孤立した精神障害者が声を上げる困難
千葉県に「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」というものがあります。同県の担当者に伺ったことですが、この条例が施行されてから、精神障害者自身やその家族からの申立てが、他の障害を持つ人たちに比べて多いそうです。ところが、申立ては行うものの、名前や、どこに住んでいるのか、差別をした相手のことをはっきり言わずに、事案への介入や調停に結び付かない。自分や相手について話すことで、個人が特定され、周囲から差別・偏見を受けることを恐れているためです。


孤立している人が人権問題を訴えるというのは、本当に大変なことです。例えば立派な法律ができたとしても、精神障害者にはなかなか声を上げられない人が多いと思います。そのような声を上げられない当事者を支えるために、障害者団体・障害者支援団体が重要な役割を担っています。


人権擁護委員には、精神障害者や精神障害者の抱える問題についてよく分かっている人もいますが、まだまだ偏見を持っている人が少なくありません。加えて、人権擁護委員はボランティアで、活動がかなり制限されていると思います。ですから、やはり、障害者団体・障害者支援団体による支援は不可欠です。


――障害者権利条約へのかかわりについて教えてください。
日本では、立法府も行政も、障害当事者の意見を十分に聞いていません。司法においては、障害者差別の冤罪事件が後を絶ちません。


実は6年ほど前、世界精神医療ユーザー・サバイバー・ネットワーク(WNUSP)の仲間から、国連で障害者権利条約をつくろうとする動きがあると聞いたとき、正直なところ、「どうせ、また形ばっかりに終わるんじゃない?」と冷たい目で見ていました。WNUSPとしては、強制医療の廃絶を盛り込んだ条約をつくりたいとの考えがありましたが、本当に実現できるだろうかと思っていました。


当初、WNUSPの代表であるティナ・ミンコウィッツも委員のひとりを務めていた作業部会の草案では、「拷問禁止」の項目に、「強制医療の禁止」も入っていました。しかし、世界中で強制医療をしていない国がないことから、条文明示はなくなりました。草案では以下のようになっていました。
条文草案第11条【拷問又は残虐な、非人道的若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰からの自由】
1. 締約国は、障害のある人が、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けることを防止するため、すべての効果的な立法上、行政上、司法上、教育上その他の措置をとる。
2. 特に、締約国は、障害のある人が十分な説明に基づくその自由な同意なしに医学的又は科学的実験を受けることを禁止し、かつ、当該実験から障害のある人を保護するものとし、また、いかなる実際上又は認知上の機能障害をも矯正し、改善し又は緩和することを目的とする強制的な介入及び施設収容化から障害のある人を保護する。


最終的には、上記の「また、いかなる実際上又は認知上の機能障害をも矯正し、改善し又は緩和することを目的とする強制的な介入及び施設収容化から障害のある人を保護する」という部分が外されました。


障害者権利条約は、一番新しい人権条約ですから、今までの国際人権法にちりばめられた要素がふんだんに盛り込まれているといえます。


■精神障害者と権利条約12条:法律の前における平等な承認
すべての人に法的能力があるとした障害者権利条約12条は、私たちにとって最大の獲得物です。
すべての人に法的能力があるということについて、「障害の重い人には、法的能力がない人もいるのでは?」という考えに対して、私たちは、反論するようにしています。誰かが代わりに決めてしまうのではなく、支援を受けて自己決定を行うというやり方もあると主張しています。例外的であれ、誰かに法的能力がないということになると、すべての障害者が法的能力を疑われるということになってしまいます。


最近、権利条約12条の法的能力に関連して、「このことか!」と思う体験をしました。私は、障害者自立支援法の下でヘルパーを使っているのですが、ある日、契約しようと、事業所に電話をしました。


山本:「行政から(居宅介護支援費の)支給決定が下りているので、契約したいのですが。」
事業所:「精神障害者の方ですか?」
山本:「はい。」
事業所:「役所の担当のワーカー(役所の障害者福祉担当のワーカー)さんはいますか? 契約時に立ち会ってもらってください。」
事業所側の対応は精神障害者差別だと思いましたが、せっぱ詰まっていたので、ワーカーさんに電話をしました。事情を説明したところ、事業所と話してくれるとのことでした。その後、このワーカーさんから電話がかかってきて、「『山本さんの場合は障害者運動もされていて、よく分かっていると思うので、ひとりで契約できます』と言っておきました」というのです。
そこで、私は、「あぁ、これか!」と思いました。つまり、「精神障害者」と言ったとたんに法的能力がないに違いない、誰かがついていなければだめだと思われているのです。私の法的能力は、誰かが証明してくれなければ、事業所は信じてくれないのです。


もうひとつ、ショートステイを利用しようと事業所に電話をした際にも、似たような経験をしました。「山本さんの生活をよく知っている方と一緒に来てください」と言われたのです。私は、「私の生活を私以上に知っている方はいません」と申し上げましたが。


とにかく、「精神障害者」だと言ったとたんに、法的能力を疑われるのです。誰かが「山本さんは大丈夫です。法的能力があります」と言ってくれない限り、信じてもらえないのです。これは、精神障害者だけでなく、知的障害者についても同じだと思います。


もちろん、私と一緒に動いて、私に情報を分かりやすく説明して、私が決定するのを助けてくれる人が必要なときもあります。障害とは関係なく例えば、山下さん(聞き手)に会ったこともない億万長者の親戚がいて、その方が死んだとします。それで、例えばお台場にある巨大なビルをドーンと相続することになったとします。そしたら、その管理や手続きについて、自分で全部やりますか? やらないでしょう? 専門家に相談するでしょう? 誰だってそうだと思うんです。相談したからといって、山下さんに法的能力や行為能力がないということにはならないでしょう? 人に相談したり、手続きを代わりにやってもらう人なんて、いくらでもいますよね。


精神障害者を含むいろいろな障害者が地域で暮らすようになれば、その人をだまそうとする人も出てくるかも知れません。しかし、だからといって、精神障害者の権利を否定して完全に代行してしまうのではなく、その人と一緒に考えて支援をするという体制が大切だと思います。


■精神障害者と権利条約14条:身体の自由及び安全
14条には、障害は拘禁を正当化する理由にはならないと書かれています。障害者を、他の人と違った手続きによって閉じこめてはいけないということです。日本の精神保健福祉法や医療観察法は、再犯防止を目的とした法律です。「またやる(罪を犯す)に違いない」という予測、再犯予測を理由に人を閉じこめてしまうのです。


この法律に影響を受けるのは、精神障害者だけではないと思います。国家による予防拘禁を許す法律をつくってしまったことで、刑期を終えた健常者などにも、この法律の対象が広がる恐れがあると考えられます。


■精神障害者と権利条約17条:個人のインテグリティ[不可侵性]の保護
17条には、「インテグリティ」について書かれています。「インテグリティ」については、自由権規約委員会による一般的コメントに、「拷問禁止の趣旨は、精神的・身体的なインテグリティの権利を保障すること」とあります。「インテグリティ」の適当な日本語訳がないため、難しいのですが、政府は「健全」と訳しました。私は、この訳は間違っていると思います。「健全」という訳では、条約の趣旨にまったく反します。「インテグリティ」は、「人格の完全性」あるいは「人格の不可侵性」と訳されるべきです。
17条は、作業部会草案の拷問に関する条文から「強制医療」が削られたことに対してつくられた条文であり、「強制」の廃絶を求めた条文でもあります。


■障害者権利条約と国内人権機関
障害者権利条約には、これまでの条約にはない特徴が見られます。それは、33条の、国内に条約実施・監視機関をつくらなければならないという規定です。これは、国内人権機関をつくらなければならないと主張する際の根拠になると思います。これまでは、法的拘束力を持たないパリ原則を根拠に国内人権機関の設置を訴えてきましたが、条約には法的拘束力があります。これは、独立した国内人権機関をまだ持たない日本にとっては、とても大きいことだと思います。


国内人権機関の必要性については、次のように考えています。例えば、外国人で女性で障害者であるという理由で三重の差別を受けた人がいるとします。それぞれ、外国人、女性、障害者という風に窓口が違うと、問題は解決されません。役所でたらい回しは困ります。


33条によって、障害者に特化した機関ができるか、それともより包括的な国内人権機関ができるかは、政治的判断になると思いますが、国内人権機関は、自由権規約の選択議定書(「調査」と「個人通報」について)の批准とならんで、どうしても必要です。


――分野の異なる個人・団体との「連帯」についての考えを聞かせてください。
■個別分野だけのアプローチでは解決しない
私たち全国「精神病」者集団は、これまで、監獄関係の問題、冤罪、死刑廃止の分野で活動する団体と協働してきました。他の障害分野の団体とも関わりを持っており、いろいろな人権団体との関係が広がってきています。また、精神障害の仲間にも、アイヌ民族や在日韓国・朝鮮人、外国人、被差別部落出身者などであることで、複合差別に遭っている人もいます。


異なる問題に取り組んでいるようでも、マイノリティは、差別の問題の中で精神的問題を抱えてしまう人がいることなど、問題を共有していると思います。


障害者だけが頑張って解決することはありません。そういう基本的認識を持っています。障害者の人権状況だけよくなるということはないでしょう。例えば、障害者差別禁止法の必要性は認識していますが、それができたからと言って、すべてが解決するわけではありません。特に精神障害者にとっては、日本の人権水準が上がらなければ、真の問題解決には至りません。特に最近の社会には、「異端者」を排除しようとする雰囲気がありますが、そのような中で、日本の人権状況の遅れを改善するには、個別分野だけでのアプローチでは、絶対に解決するはずはないと強く思っています。

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精神障害者権利主張センター・絆 会員 世界精神医療ユーザーサバイバーネットワーク理事

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