『フォレスト・ガンプ 一期一会』の感想

 不思議な映画だったというか、こんな物語になってないような映画アリなんだ。戸惑いながらフラットな心で見てたらあっという間の2時間20分。これ、あらすじとか感想とかそういう映画じゃなくない?


あらすじ

 フォレスト・ガンプはずっと好きだったジェニーから呼び出され、バスを待ちながら自分の半生を隣りに座った人たちに聞かせていた。障害者として生まれ、子供の頃は母に励まされ、足の速さで大学に進み、軍に入ってベトナムで視線を潜り卓球で名を挙げ、エビ獲り漁で大成功。それでも心の中には小学校の時からずっと想い続けていたジェニーがいた。
 彼女を訪ねると男の子と一緒で、ママになったのかと問うと「あなたの子よ」と。こうして二人は結婚したが死病に侵されていたジェニーは間もなく病死する。
 母は「決められた運命など無い」と言った。軍の小隊長は「人には決められた運命がある」と言った。どちらが本当化は分からないし、どちらもというのが真実なのかもしれない。

感想

 生まれつき矯正具無しでは歩けないほど足が悪く、背骨が曲がっていて知恵遅れでもある。しかも母は頑として普通の子との違いを認めず、養護学級ではなく普通の子と一緒に勉強させようとする。優しく接してくれたのはジェニーという女の子だけだった。
 このあたりで、あーハイハイ卑屈な障害者が女の子の優しさに触れて自分を認められるようになり素直な性格から徐々に周囲の理解も得ていく話ね完全に理解したわ。
 と思ったら全然違って、エビ獲り漁はじめるあたりまで(俺は何を見せられてるんだ……?)って戸惑いっぱなしでした。

 それにしてもフォレストの母親のスタンス、当時は障害者と普通の子に違いはないとする我が子への愛みたいな書かれ方だったんだろうか。今の価値観だと子の知的障害を受け入れられないのは完全にアウトだしなんなら虐待と見なされかねないのは隔世の感がある。

 走るのが超速くていじめっ子から逃げてたらたまたまアメフトの試合に紛れ込んで目を付けられて才能が花開く展開は完全にアイシールド21だった。まさかこれが元ネタってことも無いだろうが。

 ジェニーは毀誉褒貶ありそうなキャラだよなあ。素直に考えれば障害持ちで自分が仲良くしてやっていた(そんな描写は無いが)男の子がどんどん成功していくのに自分は乱暴者の父親の元に生まれて付き合う男はみんな碌でなし、ベトナムの反戦運動にかぶれたり自殺を考えたり、それでも自分のことを一途に想ってくれているフォレストに対して申し訳ないやら悔しいやらで自暴自棄になってて好意を素直に受け入れられなかったんだろうって気はするけど……。
 悪い見方をすれば成功したフォレストの好意に付け込んだ女とも取れるし、難しいね。
 ただそれでも唐突に連絡してきて「あなたの子よ」は絶対DNA鑑定した方がいいって!とは思ってしまった。そういう映画じゃないとはいえ。

 死に場所を奪われてダークサイドに落ちかけてたダン隊長は、フォレストのことを妬みながらも、フォレストに「バカ」って言った娼婦に対して怒りを露わにしてるし、彼なりの葛藤はあったんだろうね、最終的には彼の中の神様と和解したし人生逆転できた。

 結局この映画が言いたかったことって、「人生万事塞翁が馬」「愚直に努力するものに神は微笑む」「運命はいつも目の前に広がっているが、意志の鉈で切り拓かねば進めない」とかそういうことなんだろうか。陳腐な教訓で分かった気にならず、色んな人生があるんだからこれから先どうなるかなんて誰にも分かんないよ、位に留めておくのがいいのかもしれない。

 それにしてもアメリカの有名人は狙撃されすぎである。

 フルーツの会社に投資して儲かった、ってくだりでアップルコンピュータが出てきて駄目だった。フルーツ……フルーツかぁ……。


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