<陸自幹部候補生学校生活記録>89式5.56mm小銃の空包を使用した訓練とトラウマ
こんにちは。
元・国防男子/初級・中級幹部サポーターのMr.Kです。
経歴については、
幹部自衛官として13年間勤務し、主な経歴は第1空挺団、米国陸軍留学、陸自最高学府の指揮幕僚課程、在日米陸軍司令部、国連南スーダンミッション軍事司令部等で勤務してきました。
自衛隊を退職後は、民間企業で約4年間勤務し、現在は独立して活動しています。
詳しくは、こちらをご覧ください。
幹部候補生学校で実際に使用した火器、『89式5.56mm小銃』を使用した訓練についてお伝えしたいと思います。
日本で小銃の実弾射撃ができるのは、自衛官の特権。
陸上自衛隊では、過去には小銃が紛失したり、盗難にあったり、実弾射撃中に精神的に病んでしまった隊員が同僚を射殺、負傷させて逃亡した事件も・・・
扱い方を間違えれば大変危険で、国民の信頼も失墜しかねないため、武器の取り扱いや管理は細心の注意を払って行わなければなりません。
⏩ 陸上自衛隊のアサルトライフル
陸上自衛隊の主流の小銃は、89式5.56mm小銃。『89式』というのは、1989年に制式に採用された小銃で、口径は5.56mm。警察の特殊部隊や海上保安庁でも使用されているライフルである。64式小銃に比べて、軽量で構造も簡易なため、小銃の手入れも容易。慣れてしまえば、夜間で見えなくても分解結合が容易にできる。
海上自衛隊、航空自衛隊や陸自の後方部隊や教育隊の主流は、まだ64式7.62mm小銃。昔の隊員は64式を好む人が多いが、小さな部品が多く小銃の手入れの時の分解結合が複雑。だけど、口径が7.62mmと大きいため、射撃をした際の反動が大きく、命中した際の破壊力も大きい。発展途上国のテロリストたちが使用するAK-47(カラシニコフ)も口径が7.62mmだ。
↓ 64式7.62mm小銃
⏩ 自衛官全員が経験する儀式〜銃貸与式〜
陸上自衛隊幹部候補生学校では、89式5.56mm小銃を使用して訓練するため、1人1丁の小銃を貸与される。
小銃は、陸上自衛官にとって一番身近で、自分の身、国民や仲間の命を守るための武器。幹部候補生学校の教育期間は、その貸与された銃で実弾射撃をしたり、武装障害走、行軍や戦闘訓練等の野外訓練の時には常に携行する恋人のような存在。
代々の候補生が使用するものなので、射撃後や野外訓練後の武器整備は何時間もかけて徹底的にやる。
自衛官であれば全員が経験する儀式がある。それは『銃貸与式』。もちろん、新隊員教育や幹部候補生学校でもある。
(出典:陸上自衛隊第36普通科連隊HP)
『銃貸与式』とは、国(区隊長)から一人ずつ小銃を貸与して貰う儀式。
区隊長が、「銃!」と叫んで銃を差し出した際に、候補生も、「銃!」と叫んで、小銃をガッと区隊長から奪い取り、貸与された小銃の『製造番号』を読み上げる。
万一の事態の場合に、国民や仲間、自分自身の身を守ることになる小銃を貸与されることで、自衛官としての自覚が出てくる。
生まれて初めて持った武器。自衛官だからこそ、扱える武器。
小銃自体は、たったの3.5kg程の重さだが、それを扱う責任の重さはかなり重い。間違っても扱いミスで仲間や自分自身を傷つけることは許されない。
よって、銃を貸与された後は、銃口を人に向けないとか、行軍や銃点検の際の銃口の向き、銃は常に携行すること等の基本的事項を徹底される。誤って取り扱おうものなら、ボコボコにされる。
⏩ 小銃の基本射撃検定
幹部候補生学校では、『実弾』による小銃の『基本射撃検定』も実施される。せっかく銃を貸与されたのに、射撃ができないと意味がないですよね。そして、的に命中しなければ小銃を装備している意味がない。
ちなみに、『射撃検定』は全自衛官が1年に1回、必ず受検しなければならないことになっている。佐官以上になると、基本的に『拳銃』射撃の検定となる。佐官以上の個人装備品火器は、9mm拳銃となるからだ。9mm拳銃は至近距離でしか的に当てるのが難しいので、至近距離での戦闘向け。銃身が短いと弾薬は真っ直ぐに飛んでいかないんです。だから、警察のピストルは10mも離れれば命中率は一気に落ちるんです。
検定までに、『伏撃ち(寝撃ち)』や『膝撃ち(しゃがみ撃ち)』と呼ばれる小銃の射撃要領を何度も練習する。呼吸や撃つ際のリズムが乱れて銃口が定まらなければ、命中率は大きく低下する。射撃途中に動揺したりすると、顕著に結果に表れるのだ。
検定までに、射撃姿勢の『型』を徹底的に訓練したり、空包を使用した射撃により音や射撃の反動に慣れていく。
陸上自衛隊では、『屋内射場』と『屋外射場』があるが、幹部候補生学校は、駐屯地の近傍に屋外射場があり、そこで実弾射撃をする。藤山武装障害走では実弾射撃も種目に入っているため、同じ射場を使用する。屋内射場は薄暗いので的が見えにくい、屋外射場は天候や風に影響を受けるという特徴がある。
僕が候補生時代、小銃射撃検定を実施したときは、大雨で霧が出て、的さえよく見えない状態だったので、検定不合格者が続出したことがあった。でも、自衛官はあらゆる気象条件を克服しなければならないため、そういう状況でも平常心を保って命中させなければならないのだ。
幹部候補生学校の小銃検定の目標は、200m先の的。ちなみに、新隊員は25m、普通科隊員であれば一般的に300m先の的を使用する。
的には、5点圏、4点圏、3点圏があり、的から全く外れてしまった場合は、「0」となる。小銃の基本射撃検定では、伏撃ちで5発、膝打ち(しゃがみ撃ち)5発の合計10発で、50点満点。
時間制限があるため、照準後はリズミカルに射撃を実施しなければ、制限時間内に撃ち終わらない場合がある。撃ち切れなかった場合は、もちろんカウントされない。もし、1発撃ち切れなかったら、5点もムダにすることになってしまい、合格点に達するのが難しくなるため、制限時間内にすべての弾薬を射撃する必要がある。
幹部候補生学校での射撃は、あくまで基本的な射撃であるが、部隊に行けば職種によって異なるが、小銃の『上級検定』や『戦闘射撃』と呼ばれる高度な射撃を実施することになる。
⏩ 空包の撃ち殻薬莢を気にしながらの訓練
自衛隊が訓練する上での一番の弊害は、『空包の撃ち殻薬莢(やっきょう)100%回収』という規則。訓練の際には、いつもこれが気になってしまい訓練に集中できない。
野外での戦闘訓練では、流石に射場以外で実弾を使用した訓練はできないので、訓練のリアリティを少しでも出すために『空包』を使用する。
空包の射撃後は火薬が無くなり、金属の部分だけが残る。
↓ こんな感じ
陸上自衛隊では、この薬莢も100%回収する。
空包を使用する際も、小銃や機関銃に『薬莢受け』という射撃の際に放出された薬莢を回収するための器具を装着して回収する。しっかりと装着したにもかかわらず、隙間から薬莢が落ちたりしてしまうことがあるから注意が必要だ。
しかし、脱落防止のため、ブラックテープで外れないように止めるのだが、脱落防止がしっかりできていなかったり、訓練で激しい動きをしていると、小銃と薬莢受けの間に隙間ができてしまい、薬莢が落ちて紛失してしまう。
撃ち殻薬莢は、火薬が無くなったただの金属なのだが、訓練で無くしてしまったらもう大変・・・
見つかるまで探さなければならない。
訓練が終わった後に最後の装備品点検で薬莢の数を数えるため訓練が終わっても気が気でない。「もし、どこかで落としてきてたらどうしよう・・」そんな不安をいつも抱えていた。
⏩ ある野外訓練での薬莢紛失事案
九州の大野原演習場で演習をした時のこと。運が悪かったことに、その日は身の危険を感じるほどの大嵐。「えっ!?マジでこんな天候の中訓練やるの?」と誰もが思っていたに違いないくらいの悪天候。外で区隊長大声で指示をするも、猛烈な風雨で声が全く聞こえない状況だった。
『陸上自衛官はあらゆる気象、地形を克服しなければならない。』
でも、このような悪天候は、陸上自衛隊の訓練環境としては最高。様々な問題や課題が浮き彫りになり、教訓も沢山得ることが出来るからだ。
そんなとんでもない嵐の中での訓練がやっと終了し、最後の装具点検のときのこと。
みんな、疲労困憊で「やっと訓練が終わったー!!」とほっとしていたとき、事件は起こってしまった。
ある同期が「すみません。撃ち殻薬莢が、1コ足りません!」
「!?!?!?」他の同期たちの顔が一気に凍りついた。
付教官の顔色が変わり、「なに?よく探したのか?」「もう一度、銃、弾倉と薬莢受けの中を探してみろ!」
「ありません・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「よし、わかった。全員で見つかるまで探せ!」
( ゚∀゚)・∵. グハッ!!
同期のみんなは声に出さなかったが、「うわ〜。マジ?この大嵐の中これから探し始めるの??」という表情。大嵐の中での訓練がやっと終わったと思って安心したところで、この激烈な一言・・・
工エエェェ(´д`)ェェエエ工
雨でびしょ濡れになり訓練で疲弊しきっているにも関わらず、そんなことはお構いないしで、見つかるまで地面に這いつくばりながら訓練で使用した広大な地域を片っ端から捜索する。
無い!!・・全然見つからない・・(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
雨が激しく水たまりもできているため、水たまりに沈んでしまっている可能性もある。大雨のためにすでに『川』になっている場所もある。
みんな嵐の中の訓練で疲労困憊し雨で濡れて体が冷えているため、なかなか見つからないことにイライラしている。士気は下がりまくり・・・
「どこらへんで射撃をしたんだ?」
「どういう経路を移動したんだ?」
半ば怒りながら、無くしてしまった同期に確認しながら、大雨の中全員で一列になって地面を隈なく探す。
(こんな広くて、草がボーボーなのに見つかるわけがない。それにこんな嵐だし・・・)
2時間くらいが経過し、皆が諦めかけていたその時、
「あった!!見つけた!!」同期の一人が大声を上げた。
キタ━━(゚∀゚)━━!!
奇跡的に無くした空薬莢を見つけることができたのだ。
「うぉ〜!!!」ヾ(。>﹏<。)ノ゙✧*。
みんなの歓喜の雄叫びが上がり、拍手喝采。やっとみんなの顔に笑顔が戻った。
見つけた同期は、ヒーローもの (^o^)
無くしてしまった同期も泣きそうになりながらも、安堵の表情。
⏩ この1件後の最悪な変化
僕はこの経験以来、空包を射撃するときに、恐怖を感じてしまうようになった。 (ちなみに、実弾射撃は射場でしか射撃しないため、実弾の撃ち殻薬莢を無くすことはまずない)
✅ 撃ち殻薬莢を無くしたら大変なことになる。
✅ 同期に迷惑がかかってしまう・・・
✅ 絶対に殻薬莢は無くしてはいけない。
訓練中に草むらを駆けずり回り、空包射撃をしたあとは、『薬莢を落としていないか』気が気でない。 だから、空包射撃をしたら、何発射撃したかをしっかりと数える。
射撃後は、射撃後の煙や射撃音等で射撃した位置が暴露してしまうため、すぐに小移動しなければならない。班長や小隊長の役職に就いている場合、隊員を指揮しないといけないため、いちいち撃ち殻の数なんか数えてられない。 そのため移動する前には、射撃場所と移動経路だけはしっかりと覚えておく。万が一何かを無くしてしまっても、後からトレースできるように。
訓練中、小隊長や班長などの『役職』に就いていない場合は、まず撃ち殻薬莢の員数点検を第一優先でしていた。
射撃後の小移動後、
「1,2,3,4,5,6発。異常なし。」
「全部あった。よかった・・・」
射撃の度に薬莢受けを開けて数量を確かめ、移動間に無くさないようにジップロックに撃ち殻薬莢を入れてしまうのだ。
草むらの中で、こっそりと・・・
そして、員数点検を終了したあとは、次の移動のために射撃をしないで、
「バーン。バーン。バーン」と声を出してその場をしのぐ。
本当は、こういうことは良くないことだとわかっていた。薬莢をなくさないことを第一優先にした訓練になっていて、訓練の本来の目的から大きく外れた行為だったからだ。薬莢の数など気にせず、しっかりと状況に入って訓練をやりたいのだが仕方ない。
『撃ち殻薬莢は100%回収』『1発でも無くしたら連帯責任であるまで探す』陸上自衛隊がいつまで経っても『訓練のための訓練』から抜け出せない要因の一つ。
静岡の御殿場の東富士演習場などの米軍が使用する演習場に行けば、米軍が使用した撃ち殻薬莢が沢山落ちている。
「あー、米軍のように撃ち殻薬莢を気にせずに射撃がしたい!」と何度思ったことか。
『実弾』をなくしてしまった場合は、自衛隊の信頼を揺るがす大問題なので絶対に捜索は必要だと思うが・・・・
⏩ 最後に
射撃は、全自衛官が毎年1回は必ず実施しなければならず、入隊から定年までその技術を高めなければならない『戦技』です。
でも、射撃検定が1年に1度って少ないですよね?
普通科隊員であれば1年間の射撃弾数は多いと思いますが、その他の部隊では1年間で1人あたり100発も撃ちません。射撃検定前に、ちょこっと射撃姿勢を確認したりする射撃予習をやって終わりです。そのため、なかなか射撃練度が上がらないのが実情です。
ちなみに陸上自衛隊唯一の特殊部隊である習志野駐屯地の特殊作戦群は一回の射撃訓練で10万発くらいの実弾を使用しています。僕が空挺団に所属しているとき、たまたま同じ日に射撃訓練で弾薬庫に弾薬を受領していたときに、特殊作戦群もいたので実際に確認できたんです。特殊作戦群は、同じ習志野駐屯地でも射場は別なんです。ここでは詳しくは書けませんが、射撃も一般部隊とはかけ離れた実戦的な訓練をしています。
野外訓練での空包の薬莢回収に関しては、これから入隊される方は僕と同じような悩みを持つかもしれませんね。
いつか陸上自衛隊も米軍のように撃ち殻薬莢の員数をいちいち気にせずに射撃ができるようになることを願っています。(もしかしたら、既に薬莢受けの役割を果たしていない薬莢受けが改良されているかもしれませんが。)
良かったら、↓↓もどうぞ!
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最後まで読んでいただきありがとうございました。
今日も皆様にとって良い一日となりますように!
元国防男子 Mr.K
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