君とぶっつけの恋をする/7.本当の恋

ああそうだ、下野くんてこんな顔の人だった。

カフェで向かい合って、
久しぶりに見た下野くんの顔と
薄れていた記憶とを整合させる。

今日は約束していた日で、
放課後にカフェで下野くんと会っていた。

有名な進学校に通っているだけあって、
勉強の話に花が咲く。
前回とは違って、
今回は普通に話が弾んでいる。
これも瑞綺くんとの練習の結果なのだろうか。

だけど、
話は弾んでも、時間も気持ちも
積み重なっていかない。
淡々と、話をして過ぎていく。
楽しいと思えなかった。

あと少ししたら、頃合いを見て帰ろう。

そう思った時に、
スマホの画面にメッセージの通知があった。
開くと、瑞綺くんから、
彼の載るサイトのURLの送付だった。

「ごめん、ちょっとスマホ触っても良い?」

「うん、全然いいよ」

了承を得てURLを開く。
そこには、
瑞綺くんがたくさん写っていた。

オシャレな服と髪型で決めた瑞綺くんの
美しさは破壊力がすごくて、
思わず声を出してしまいそうなほど
格好良かった。

もしこのサイトに、
瑞綺くんファンクラブの入会案内があったら、
迷わず入会してしまいそうなくらい、
モデルをする彼の引力は凄くて、
多くの女子たちが大騒ぎする気持ちも、
今なら共感できる気がした。


スクロールして、どんどん見ていく。

途中、
カップルコーデと書いてあって、
瑞綺くんが、綺麗な女性のモデルさんと
写っているページがあった。

見つめ合ったり、 
おでこをつけて微笑み合ったり、
腕を組んだり、

写真の中の彼らはカップルそのもので

美しい女性モデルさんと、
仲睦まじく写っている瑞綺くん。

女性が苦手なことなんて
少しも分からないくらい、
涼しげな表情で、
スマートに格好良く写っていた。

胸がまた、傷む。
今度はチクリではなく
ズキズキと深く痛む感じがした。


さらに下にスクロールしていくと、


瑞綺くんのインタビューページに
たどり着いた。
ひとつひとつインタビューの見出しを
見ていく。
私は息を呑んだ。

『僕じつは、女性が苦手なんです』

『誰かとお付き合いしたことも、ありません』

『コンプレックスもたくさん。
昔は、ナヨナヨしてるって言われてたし、
どっちかというと陰キャですね』

『ずっとどう思われるかを気にして、
格好つけてきたけど、
もう素でいこうかと。
自信のないまま、頑張ろうかと』

『恋愛も、前向きにしてきたいと思ってます』

そんなことが、書かれていた。
読みながら、
目から落ちた涙が
スマホの画面をポタポタと濡らす。

瑞綺くんは、自分で自分の殻を破ったのだ。
素の自分を出していく事を、
ついに決めたのだ。

彼にとって、どういう変化があったんだろう。
分からない。
だけど、彼の中身は素敵だって、
ずっと思っていた。

皆驚くかもしれないけど、
きっとすぐに受け入れて、また大好きになる。
それを想像するだけで、
私まで胸が熱くなった。

素の自分をだすこと、
凄く勇気がいることだっただろう。

だけど決めて行動した瑞綺くんに
尊敬と憧れの気持ちが湧く。

私も、
自信のない自分のまま、怖くても、進みたい。
たとえ無謀に感じても、
自分のために動こう。 
それをやっていこう。

「真奈ちゃん、大丈夫?」

スマホを見たまま固まって
おそらく百面相の勢いの私を、
下野くんが心配そうに見ていた。

「はい、大丈夫です。
下野くん、ごめんなさい。
あの、私、行かなきゃ。

もう下野くんと会えません」

「え……!?」

「ごめんなさい」

そう伝えて、席を立ち去った。

瑞綺くんに会いに行きたい。

スマホを持って、
電話をかけながら店を出る。

どこにいるか分からないのに、
居ても立っても居られなくて
身体が駆け出してしまう。

瑞綺くんに会いたい。
顔を見たい。
気持ちを伝えたい。

「はい。成瀬さん?」

「瑞綺くん、あの、今どこにいますか?
私、瑞稀くんに会いたくて。
伝えたい事が、あるんです。
サイト、見ました。
びっくりして、感動しました。
瑞綺くんは、ダサくなんか無いです。
中身も外見も、最高です」

興奮してあちらの状況も考えずに、
捲し立てるように話す私に、
瑞稀くんが穏やかに言った。

「成瀬さん、落ち着いて。
送ったの見てくれて、ありがとう。

俺もね、成瀬さんに会いたくて。
会いに行こうとしてたんだ。
今、どこにいるか教えて?」

「えっと、私移動しながら電話してしまって。
今ちょうど、駅の前につきました」

「了解。じゃあ俺がそこにいくね。
今学校だから、そんなにかからないから。
危なく無いところで、待ってて。
着いたら連絡する」

そして、電話が切れた。
待っててという言葉に、
勢いづいた気持ちがもどかしさを感じる。

だけど、会えることがすごく嬉しい。
気持ちを伝えたら、
彼はどんな顔をするだろう
なんと言うだろう

怖さは今もある。
でもそれ以上に、瑞綺くんを信頼している。

私が気持ちを伝えて、
瑞綺くんがどんな返事をしようとも、
彼が人の気持ちをぞんざいに扱うことなんて
あるだろうか。
ううん、きっと絶対ない。

受け止められなくても、
一生懸命に考えて、
迷いながらも、
真摯な言葉をくれるだろう。

だってそれが、私の知ってる瑞綺くんだから。

「成瀬さん…!」

聞き覚えのある澄んだ声に
呼び止められて振り返ると、
そこには瑞綺くんが立っていた。

「瑞綺くん……」

「久しぶり」

「お久しぶりです」

駅前のベンチに二人、腰をかける。
瑞綺くんが、着ていたパーカーを脱いで、
私の肩にかけてくれた。

「あ、何にも聞かずにごめん!
今日ちょっと風強いかなと思って、
着せてあげようって思ったけど、

こういうとこだよね。
暑いかもしれないし、
嫌かもしれないし、
最初に聞かなきゃだったよね。ごめん」

そう言って、一度かけたパーカーを
取ろうとしてみたり、
やっぱやめてみたり、アタフタしている。

「あはははは」

「なんで笑ってるの」

「いやだって、あまりにも、
瑞綺くんらしくて。いいなって思って。
少し緊張してたけど、
拍子抜けして、安心しました」

そうだった。瑞綺くんて、こういう人だった。
こういうところを、好きになった。

「ガッカリした?
俺のこと、もう嫌いって、なった?
なんか元は好かれてるみたいな
言い方しちゃったけど。

でも、あんなことしたから、
もう俺、
成瀬さんに嫌われちゃったって思って……」

申し訳なさそうな顔で、
寂しげに聞いてくる瑞綺くんに、
私は全力で首を振る。

「瑞綺くん、
送ってくれたページ、
見ました。びっくりした。
すごいですね。

どのページの瑞綺くんも、素敵でした。
インタビュー記事も、格好良かったです」

「ありがとう」

「きっと、凄く勇気がいりましたよね。
怖かっただろうなって。
なのに頑張って、偉いなって。
きっと皆、ガッカリしたりなんてしない。

絶対もっと好きになる。

でも、こんなこと言ったら嫌かもですが、
ちょっと寂しい。

私だけが知ってた瑞綺くんだったから。
だけど私……」

言いかけてる途中で、
瑞綺くんが私の手をギュと握った。

「成瀬さん、聞いて。
あのね。
俺、あの日、練習するつもりで
キスしたんじゃないよ。 

成瀬さんだから。
なのに、状況に甘えて、順番間違えちゃって。

俺、もう練習はいらない。
ダサくても変でもガッカリされてもいいから、
成瀬さんとの本番だけでいい。

好きなんだ。

俺と、本当の恋愛、して?」

私の手を握る瑞綺くんの手が、震えていた。
こんなに格好良くて、
一生懸命で、
可愛らしくて。

愛おしいなと感じた。
新しい感情に、また自分で驚く。

私は握られていない方の手を、
私の手を握る瑞綺くんの手にそっと添えた。

「私も、
恋をするなら瑞綺くんとが良い。

ガッカリなんて、しない。
絶対しない。

カッコいいのに、
どこか自信なさげで、
考えすぎちゃうくらい、優しくて、

いつもリアクションが可愛くて、
でも、やっぱり圧倒的に美しくてカッコいい

今目の前にいる、瑞綺くんが、好き」

そう言うと、
瑞綺くんは泣きそうな顔をして笑って、
握った私の手をグイッと引いて、
抱き寄せられた。

駅のベンチで抱き合う私たちに、
静かに驚き注目する人たちが、
瑞綺くんの肩越しに、見える。

恥ずかしい。

だけど恋する私の心は
弾むように軽くて、
トキメくたびに煌めいて、
私と瑞綺くんが
その世界の中心にいるみたいに感じた。

道ゆく人の注目は、完全に背景となって
恥ずかしさも、
すぐに喜びと嬉しさに追いやられてしまった。

「どうしよ、すごい注目されてる……」

我にかえった瑞綺くんが、
私を抱きしめながら
周りの状況に戸惑い出した。

「あははははは」

「また笑うー。ねぇ、どうしよっか」

「走って逃げるのはどうですか?」

「いいね、それ」

「瑞綺くん、脚長いから、
置いていかないでくださいね」

「それは大丈夫。絶対に置いていかない。
じゃあ、いくよ。せーのッ」

二人手を繋いで、
注目の人混みの中を駆け抜けた。

私たちの本当の恋が、スタートした。


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