見出し画像

社会的卵子凍結をした

この記事は、卵子凍結を推奨するものではありません。生殖医療は個人によって条件が異なり、実施する場合も身体的・金銭的な負担が大きくかかります。ご自身でよく調べたうえでご検討ください。

卵子凍結には、がん治療などの理由から卵をとっておく「医学的適応」と、今後のために、妊娠率の高い若い卵をとっておく「社会的適応」の2種類があります。

私は、後者の「社会的卵子凍結」を行いました。その時に感じたことを残しておきます。

知る機会の欠如


そもそも、卵子凍結を身近に考える機会がありませんでした。きっかけは、会社で開催された卵子凍結セミナー。

「子供を2人生みたいなら、27歳までには妊活をはじめましょう※」

この言葉を聞いて、自分の年齢を数えて、あれ? と思いました。人生で初めて”年齢がボーダーラインになる”衝撃を受けました。

別に絶対欲しいわけではないけれど、もし欲しくなったときに、妊娠する確率が低かったら。キャリアも考えてるし、私生活も充実させたい、でも逆算すると、産めるタイミングがない。

「今日の卵子が一番若いです」

先生のその言葉を聞いて、少しの焦燥感とともにクリニックを調べはじめました。

※Human Reproduction, Vol.30, No.9 pp. 2215–2221, 2015

認められない「社会的適応」

社会的卵子凍結を実施するクリニックは、国内ではかなり少数です。そもそも日本生殖医学会と日本産科婦人科学会で見解も違い※、推奨する・しないが定まっていません。

個人においてもピアサポートはおろか、卵子凍結について話したり、質問する場所がありません。私は同僚がすでに卵子凍結をしており、費用感や仕事への影響を相談できましたが、まだ卵子凍結自体がタブー視されているなかで、相談相手を見つけることは至難の業です。

※日本経済新聞(2015年6月)「卵子凍結、健康な女性に推奨せず 学会専門委」https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG20H6Q_Q5A620C1CR8000/

お金を払って、自分に針を刺し続ける

自分で調べたり、人に相談して卵子凍結をすると決めたら50〜70万円程度の費用がかかります。保険適用外のうえ、パートナーもいないのでひとりで払います。

そして手術までの約2週間、排卵誘発のためにペン型注射を毎朝お腹に刺します。私はこの自分に針を刺すという行為に自傷的な恐怖を覚え、精神的に辛かったです。また、ホルモンバランスが崩れるのでPMSのような症状にも悩まされました。

さらに手術直前の3日は、ペン型から普通の注射器になり、これはダメだと思いました。そもそも片手で注射器を扱うことが難しい(パートナーか家族にお願いしてみては、と言われました。おらん)し、お腹は張る一方で、手術を諦めるか迷うほど注射の負担は大きかったです。

このとき、2週間で終わると分かっていた私でも悩むのに、不妊治療という見通しがつきづらい治療をしている人はどれだけ大変なんだろう……と気付かされました。

妊孕性温存の特権性

卵子凍結にあたって、自分にかなりの特権があると感じました。特に感じた点を3つ挙げます。

1. 情報格差

会社主催の卵子凍結セミナーを受けるまで、不妊治療は自分には無縁で、子供は30歳超えてから考えようという気持ちでいました。私はたまたまきっかけがあったものの、ボーダーラインや卵子凍結という選択肢があることすら知らない“適齢期”の人も多いはずです。

国は少子化対策だ、女性の社会進出だと言っていますが、そもそも適齢期の人が「自分が当事者なんだ」と気づくための情報が少ないように思いました。

まずは推奨する・しないを含めて、卵子凍結という技術が活発に議論される社会になってほしいです。

2. 金銭負担

手術には50〜70万円程度の費用が発生します。さらに更新料が発生するクリニックが大半で、毎年 or 2年ごとに5〜10万円追加でかかります。そしてもちろん、社会的適応の場合は保険適応外です※。

私は会社が全額負担してくれましたが、それでも70万円のお金が動いたときはキャッシュフローが死にました。ちなみに30代単身世帯の貯蓄額中央値は77万円です(金融広報中央委員会より)。

※配偶者のいる不妊治療に関しては、菅政権時代の政策(圧倒的感謝)により、2022年4月より保険適応の範囲が広くなる見通しです。詳細は厚生労働省のWebサイトをご確認ください。

3. 味方の多い環境

卵子凍結は卵胞の大きさで手術日が決まるため、先に予定を押さえることができません。また、検診等で2日に1回程度通院が必要です。

そのため、私は繁忙期を避けて手術しよう……と思った結果初診から半年が経っていました。「これ一生繁忙期を理由にやらないな」と気がつき、チームに手術を受けるので休みがちになると宣言しました。

私のチームは心理的安全性が高く、忙しいにも関わらず「やったほうがいいよ」「気軽に休んでね」と応援してくれました。手術後も「体調優先で、代わりに対応するよ」とサポートしてくれて、精神的・体力的に助かりました。

そして、そもそも会社の制度にフルフレックスとSick Leave(有給とは別の病気休暇)があり、福利厚生が整いまくっていたので、仕事関連でストレスを感じることはありませんでした。

これらの特権があってようやく社会的卵子凍結が選択肢に入るため、友人には気軽に勧められないなと感じました。そしてこの特権性については、自分のなかで今後も悩み続けるのだと思います。

それでもやってよかった

個人として、卵子凍結という選択自体に迷いはありませんでした。特に20代後半でパートナーもおらず、キャリアを見据えるとひとつ肩の荷が降りたような安心感があります。(2,30代で婚活・妊活を強要されるような今の社会には別の問題がありますが。)

また、年齢を重ねてから高額な不妊治療の道しか残されていないという事態を避けるため、投資的に今凍結をしたほうがよいとも思いました。投資的な治療という意味では、歯科矯正に近い感覚です。

加えて、卵子凍結前のAMH検査(卵巣の戦闘力がわかる検査)をはじめとする血液検査やエコー検査はこの時期に受ける価値がありました。20代後半〜の女性は、妊活予定がなくても一度婦人科系の検査をするべきです。私は血液検査で風疹の抗体値が低いことがわかり※、追加でワクチンを接種しました。

※妊娠初期の妊婦が風疹に感染すると、障害児が生まれる可能性が高くなります。妊婦本人の抗体だけでなく周りの女性・男性も抗体を持って感染拡大を防ぐことが大切であり、各自治体で抗体値検査やワクチン接種の補助を受けられます。詳細は厚生労働省のWebサイトをご確認ください。

さいごに

手術を通して、社会的卵子凍結は全て女性にのみ負担がかかるシステムということが分かり、子供を持つ・持たないに関わらず、社会で解決されるべき課題だと感じました。

そして今回のきっかけをくれた会社に、最大限の感謝を伝えます。今は試験導入ですが、本格導入になりますように。またこれを契機に他の企業にもこの制度が広まってほしいです。加えて、国としてリプロダクションに対応する休暇制度や保険適用、啓蒙活動は活発に議論されるべきだと思います。

子どもが欲しい人が、みんな生活しやすい社会になりますように。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?