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「ごちそうさま 」が聞きたくて

人生を変える書店。ここでライティングを学ぶこと、それは私の憧れだった。ちょうど一年前、人生をひっくり返し、山と雪に閉ざされた田舎から京都に飛び出してきた。

ライティングゼミ初日。鴨川を自転車で走り抜け、京都天狼院へたどり着いた。新しい世界への入り口だ。店内の土壁に「人生を変える書店」と掲げてある。人生を変えてやっとここにたどり着いたのに、さらに人生を変えるなんて、ちゃぶ台をひっくり返すくらい刺激的だ。わくわくがとまらない! 

それまで抱いていた天狼院書店のイメージは、スピード感、先進性、未知への挑戦。古民家でのんびり暮らしていたような私がついていけるのか心配をしていたのだけれど、店員さんに案内された先にはこたつが待っていた。なんというホスピタリティ。京都だけこたつ。そして、美味しいカフェラテ。お日柄もよくのほほん。講義の内容も本当に面白い。 

そして、毎週2000字の記事を提出するという1000本ノック的な修行が4ヵ月も続くらしい。本当に書けない。浮かばない。まとまらない。ないないづくしの日々。なんとか仕上げて提出し、結果発表を待つ。合格なら天狼院書店のWEBに掲載され、不合格なら丁寧なフィードバックと「またのチャレンジをお待ちしています」という励ましの言葉をいただくことになる。

締め切りまで必死にライティングに向き合い、結果発表は数日後。正直なところ、結果が出るまで仕事が手につかない。そして結果が出るとなんということか、さらに仕事が手につかない。掲載されて浮かれているか、掲載されず落ち込んでいるかのどちらかなのだ。投げ出しそうになったり、浮足だったりしながら進むのがなんとも楽しい。平凡だった日常がカラフルになった。

そして、もうひとつの大きな楽しみは他の受講生の記事をたくさん読むこと。皆さん本当に上手だ。タイトルからすでに面白い。そしてエピソードが素晴らしい。自分の体験したことのない多くの出来事を追体験しながら、私の毎日がよりカラフルになっていく。

そして、記事をたくさん読むことで気づいたことがある。素晴らしい記事は、読み終わった後、なぜか「ごちそうさま 」と言いたくなるのだ。

例えると、京都のおばんざいのように一品一品が丁寧に作りこまれていて、すべてのバランスがとれているもの。メインがしっかりしていて、小鉢付きの定番定食になっているもの。昔懐かしいほっこりする家庭の味がしみ出ているもの。お茶漬けのようにさらさらと食べ進めてしまい「もう一杯!」とつい言ってしまうもの。それぞれの記事が魅力的でいて、とにかく後味がいい。読み始めた瞬間から、私を満たし、豊かにしてくれるのだ。

そして、自分が書いた記事はどうだったのだろうと見直してみる。ありがたいことにこれまで2作を掲載していただいた。ひとつは台湾出身のパートナーにまつわるお話。もうひとつは離れて暮らしている息子にまつわるお話。恥ずかしながら、記事は彼らへのラブレターでもある。 

最後まで読んでもらうために、簡潔な文章にした。しつこくなりすぎないよう余計なものは省くことにした。相手を優先することで書き方は変わり、自然とリーダビリティは高まる。一方、不合格となった記事はエピソードを詰め込みすぎていて、自分を満足させるための記録になっていた。そこでやっと気づいた。

そうか! ライティングは料理と同じだ!  最後まで残さずに喜んで食べてもらえる料理を作ればいいんだ! 

思い返せば、子どもたちに食べさせる料理を作るときは、すべてを一口サイズに切ったり、噛みやすい柔らかさに煮たり、長いパスタは半分に折って茹でている。味付けや組み合わせ、バランスなど、知恵をしぼってごはんを作る。最後の一口まできれいに食べてもらえるように。そして、お皿がきれいに空っぽになり「ごちそうさま!」と言われるのはとても嬉しい。

ライティングも同じなのだ。エピソードは素材。どれだけ素材が良くても、扱い方を間違うと美味しい料理にはならない。最後の一口まで楽しんでもらえない。そして、どんなにシンプルでありふれた素材でも扱い方や見せ方を工夫すれば絶品となる。そして、個性も大切だ。この人の味はこの人にしか出せない。無性に食べたくなるときがある。そういう味もすごく魅力的。安心して食べられることも大切な要素だ。

不合格だった記事に対して「もったいないと思いました」というとても温かいフィードバックをいただいたことを思い出した。私にとってはとても大切な思い出であり、素材だった。けれど、美味しく食べてもらうためのひと手間や心遣いが足りなかったのだ。

大切な素材が無駄にならないよう最後の一口まで美味しく食べてもらいたい。空っぽになったお皿を見たい。みんなの「ごちそうさま」が聞きたい。 

料理は心。ライティングは心。誰かのために心をつかって書く。台所に立つときと同じ気持ちで今日もパソコンに向かう。最後の一口まで食べてもらえたら、本当に幸せだ。

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