あるかも知れない未来の話


私のおじいちゃんは、大変アカデミックで陽気でおもしろい人である。仕事をしながらドイツ語を学んで定年になってから単身でウィーンへ乗り込み、14年ほどかけて海外の大学で博士の取得をしていた。

なぜウィーンへ?と聞いた時、迷うことなく音楽が好きだから!と言っていた笑顔は今でも覚えている。
びっくりするほど単純な理由だな、とも思った。
それでも、遊びに行ったウィーンはほんとうに音楽の街であったし、"それだけ"の理由で選ぶに値する素敵な街だった。音楽だけではなく、お肉やチョコレートが大好きなおじいちゃんにはこれ以上ないほどぴったりな場所だったと思う。
他にないのかと思うほど食べたシュニッツェルも最高だった。

当時から親の影響で建築を意識していた私だが、日本人らしく入り込めない路地や敷地の中でも「怒られたらやめればいい、行けるところに行けないなんてもったいないじゃない」と背中を押し、アパートらしき建物の中庭や路地を堪能させてくれた。

そんなおじいちゃんが勉強していたのは日本のこと。日本の研究ならなんでもいいと言っていた気がする。
旅行の中で度々、おじいちゃんと同じ大学へ行ったらいいよ、たくさんの素敵な人と出会えるしすごく楽しいよと言っていた。
想像しただけで遠い異国での勉学は楽しいに決まっているし、おじいちゃんが実行してしまった以上どこかで少し実現できるようにも思える夢である。
何度か想像し、実際にはどれくらいの努力や実力が必要なのか等々調べてみたこともある。

結局、高校から浪人することもなく、大学の4年間を経て会社へ就職した。さあ、自分の人生を想像しようと思うと、どうしても結婚がチラついてしまうし、そこに思い切れるだけの行動力ももう少し足りない。

いつか、唐突に海外へ行くようなことはあるんだろうか。どこかで、あるかもしれないと思える未来のことも考えながら過ごす今日はなんだか少し楽しい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?