わからなくていいこと。

どんな人にも、ある程度の道筋や優先順位があって、何かを考えて判断を下しているものだと思う。そこには直感的なものや偶然的なものもたくさん含まれるのかもしれないけれど。

前にnoteでも書いた。私は多くの人の気持ちを理解したいと思うし、それができていると思ってしまう。
とはいえそんな人の感情なんて本人にだって分からないこともままあるし、分かっているつもりになっているだけなのだろう。

ゆっくり読み進めていたほんの解説に、こんな話があった。

自分の女房の考えもわからないのに、他人の気持までわかるわけがない。わからなくていい。それがわかってきたのであろう。

喜嶋先生の静かな世界/森博嗣 解説、養老孟司より

この部分だけの引用では足りないほど、本の中にも解説の中にも語りたいことは山ほどあるが、一旦置いておくとして。

わからなくていい。のひと言が潔い。わかりたいと思ってしまうから、そうばっさりと言い切られてしまうとそれでいいのかと拍子抜けしてしまう。

分かろうとすることは必要に思えるし、そこで他の人の人生と自分の人生の関係を図っている。
でも、おそらく、わからなくていいのだと思う。

これからも勝手な共感を続けてしまうだろうし、たまにはそれをわからなくていい。と切り捨てられるようになるのかもしれない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?