見出し画像

生活の豊かさとは

母が逝ってしまってから、寂しい気持ちばかりが強くて、はっきりと認識していなかったのだが、自分なりの全うな生活を心がけると、改めて見えてくることがある。

母という身近で愛すべき人がいた生活は、気持ちの充足感だけでなく、実際の生活が豊かだったということだ。それは、高価なものを持っているとか、美味しいものばかり食べているとか、お金があるとか、そういう話ではない。もちろん、母が生活をサポートしてくれていたことが多いのだが、少しの気遣いと工夫が生活のいろどりを変えるということに気づいたのだ。

母の知恵と遺してくれたもの

母は箱が好きだった。綺麗な箱、包装紙、リボン、そういったものを丁寧に保管して、ちょっとしたプレゼントの包みや家の中のこまごましたものを整理するのに再利用していた。もちろん、母の趣味であるパッチワークの作品を収納するのにも。私は今でも、いただきものの綺麗な箱や缶があると、「これ、母が喜びそう」と母の部屋へ運びそうになる。そして、「ああ、母はもういないんだった」と思う。

母は目先でなく少し長い目でのコスパを考えていた。和室の障子は経年で破れてしまうことが多く和紙でつくろってくれたりしていたのだが、障子紙張替えのキャンペーンを見つけ「どうせなら少しだけ良いものにしたい」と自分でお金を出して張替えを依頼してくれた。あれからずいぶん経つが、母が発注した障子の紙はとても丈夫でいつまでも破れもせず綺麗なままである。母が自分の自腹(母は年金生活者である)から出してくれたので、おそらくとんでもない値段ではなかったはず。でも、破れていない障子は、当たり前だが、常に気持ちがよい。

母は美味しいもの、手が込んでいるもの、の違いがわかる人だった。香りのいいものが特に好きだったが、高価だから、ブランドだから、ではなく、自分の目で「いいもの」かどうか、自分の舌で美味しいかどうかを判断していた。そして、美味しいと感じた時は「ほんとに美味しい。また買ってきて」「どうやって作ったの?」といい、「美味しいものを美味しいと思えるのは幸せ」「また長生きしそう」と喜んでいた。美味しいものを味わえる、美味しいと認識できる自分自身の人生に対しても満足し、それを毎回、自分に言い聞かせていたのだ。

母は洗濯が好きだったが、母が洗濯すると、綺麗になるだけでなく、衣類が長持ちした。収納もきちんと分類され、私がたたむより、小さく整理されていた。孫である私の娘と、私自身の衣類が似てきたときは、小さな印をして区別できるようにしていた。いずれも同様に、綺麗で長持ちし、季節になれば清潔で整った衣類をすぐに着ることができたのだ。

料理は季節ごとの素材を気にしながら、「毎日の献立は頭を悩ます」といいながら、それでも、主食、副菜、味噌汁は必ず揃えてくれていた。80歳をすぎてもそれは続けていて、今、私がつくる料理よりも充実していたと思う。

食事とは、ただ、三食、カロリーをとることではない。そうじとは、掃除機やワイパーで表面のホコリをとるだけではない。(ルンバくんを使おうとすると、まず、床にモノを置かないこと。ある程度、片付いていることが前提なのはご存知のとおり)。生活とは、寝て、起きて、スマホをみて時間をつぶすことではない。でも、ちゃんと認識していなければ、何もしなくても、あるいは、ルーティンをこなすだけで、時間はすぎていく。それも生活には変わりないが、時間をすごしているだけの生活は豊かな生活とはいえず、豊かな人生にはつながらない。

気遣いが豊かな生活、豊かな人生をつくる

豊かな生活には、多くのお金が必要なわけではない。もちろん、お金で解決されることはいろいろあり、最低限のお金はあったほうがよい。最低限のお金というのがどれくらいの金額で、またそのお金を何にどう使うのかは、その人の人生のポリシーによる。母がしていたような、ちょっとした気遣いで生活は豊かになり、それは豊かな人生につながっていく。家の中は整理され、料理はバランスよく出来立てを香りよく、季節が変われば清潔で気候にあった衣類をきて、何気ないおしゃれや小さな喜びをちゃんと感じられるということなのだ。

こう書いていても、母がサポートしていた時だって、人に見せるほど片付いていたわけでもオシャレだったわけでもない。ふつうの雑然とした生活環境だったのだが、それでも、小さな心配りが至るところに感じられた。それは、人生の豊かさだったのだ。

私の私なりの豊かな生活は、きっとどこまでいっても母にはかなわない。でも、豊かな人生とは、何かだいそれたことではなく、日々の生活の中にヒントがあることに改めて気づかされる。身の回りに、少しの心づかいと優しさをもって毎日を創ること、それが豊かな人生へのプロセスなのだ。母が遺してくれたものは、モノだけでなくこうした気づきも含めて、ほんとうに偉大である。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?