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義経千本桜 すし屋

2024年2月「十八世中村勘三郎十三回忌追善猿若祭二月大歌舞伎」夜の部

歌舞伎には、忠義のために自分の子を犠牲にする話がいくつかある。菅原伝授手習鑑の寺子屋、熊谷陣屋、そしてこの「すし屋」。
(こうした「自己犠牲」の物語について語る、勘三郎のインタビュー記事を見つけた。あなたの芝居をもっともっと見たかったです。)

わたしは歌舞伎を見るとき、「江戸時代の観客たちは、この話をどう受け止めたんだろう」と考える。七五三の祝いが慣習として残っているほど、昔は子どもが無事に成長することは当たり前ではなかったわけで、それなのに、すくすく育っている我が子を忠義のために手をかける。江戸時代の人たちはにとっては、子を犠牲にする権太の、血を吐くようなその悔しさもつらさも、実感に近いところで共感したのかもしれない。


義経千本桜って?

源義経失脚後、源氏と平氏について史実とされるエピソードと、人に化けている狐が出てきたりするファンタジー要素を組み合わせた、壮大な物語。「すし屋」はその真ん中のお話。

もともとは人形浄瑠璃で上演されて、その半年後にはもう歌舞伎として中村座で上演されたのだそう。勝手な想像だけれど、人形浄瑠璃を見た当時の勘三郎が「これをぜったい歌舞伎にしたい!」と、ものすごい意気込みと勢いで、あっという間に歌舞伎に仕立てたのかも。

すし屋の登場人物

⚫︎すし屋ファミリー
 権太:すし屋の息子。カツアゲとかをするチンピラ。親からは勘当されているけど、自分の妻子のことは好き
 弥左衛門:権太の父で、すし屋の主人。平維盛を奉公人の弥助としてかくまっている
 お米:権太の母。ダメ息子でも、やっぱり権太のことはかわいい
 お里:すし屋の娘。弥助の正体を知らずに恋に落ち、夫婦になれると信じている
⚫︎平家ファミリー
 弥助(平維盛):すし屋の奉公人として潜伏中
 若葉内侍(わかばのないし):維盛の奥さん。夫を探していたところ、たまたま、すし屋に辿り着いた
 六代:維盛と若葉内侍の子ども
 小金吾:若葉内侍と六代の護衛担当。権太に金を取られた上、追っ手に殺される。でもそのおかげで、結果的には維盛を助けることになる
⚫︎源氏側
 梶原平三景時:維盛を追っている

あらすじ

適当なことを言って母親からお金を騙しとった権太。帰ろうとしたところ、父親・弥左衛門と鉢合わせそうになり、金をひとまず寿司桶のひとつに隠し、奥に隠れる。
*寿司桶といっても、こんな感じの手桶に木の蓋がついたもの。(柄杓はいらないけど)

そして出先から戻った弥左衛門も、風呂敷包みから生首を取り出し、5つ並んだ寿司桶のひとつに隠す。

この首は、弥左衛門がたまたま道端で見つけた死体のもの。その首を維盛のものだと嘘をついて、維盛を景時から守ろうとする。
(ちなみに実はこの死体は、維盛の家来・小金吾のもの。小金吾は維盛の妻子を最後まで守ることはできなかったけれど、生首となることで、家来としての役目を果たしたことになる。)

さて5つの寿司桶。見た目は同じだけど、ひとつにはお金、ひとつには生首。

権太は弥左衛門にバレないよう、寿司桶ひとつを抱えて家を出る。が、間違った寿司桶を持っていってしまったことから、権太の運命が変わる。

切なすぎる、冒頭とラストの違い(伏線回収?)

今月の歌舞伎座では上演されないからとても残念なのだけれど、冒頭の「下市村椎の木の場」という場面でのセリフが、実はラストへの伏線っぽくなっている。

⚫︎冒頭での権太の奥さんのセリフ
・茶店のお客さん(実は若葉内侍)に向かって
 「息子はこれまで腹痛ひとつも起こさないような子なんです」
・権太に向かって
 「賭け事の元手がいるなら、わたしや息子を売ればいい」

終盤で権太は、自分の妻子を若葉内侍と六代の身替わりとして、景時に差し出す。「七歳までは神のうち」という言葉があるくらい、具合が悪くならない子どもを授かったことは、当時にとっては特別なこと。権太にとっても大きな恵みであり喜びだったはず。そんな子どもを犠牲にする決断。お金のためではなく、親の忠義のために妻子を元手にして、景時に対して大博打を打ったことになる。

⚫︎権太の息子の笛
「椎の木の場」の権太が妻子と一緒に帰る場面で、権太は息子のおもちゃの笛を自分のふところにしまう。親子仲睦まじいシーンだけに、権太がこの笛を取り出す最後の場面との差がつらい。裏切ったと誤解され、父親に刺された権太。瀕死の状態で、実は維盛親子3人をかくまっていることを告白し、その笛で3人に合図を送る。

ん〜〜、、こうして書いてみると、やっぱり椎の木の場のある「すし屋」がいいなあ。

そうそう、今回調べている中で、この話の舞台となったお寿司屋さんが今も残っていることがわかって、びっくり!「つるべすし弥助」というお店で、インタビュー記事の店主・弥助さんは49代目。まさかまさか、本当にあったお店で、しかもご商売が続いているとは!歌舞伎って、こういう現代のつながりを発見できることがあるから、ほんと楽しい。

<参考文献>
名作歌舞伎全集第二巻
歌舞伎 on the web
文化庁デジタルライブラリー
・ジャパンナレッジで見られる事典類
・そのほかリンク先






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