とてもじゃないけど言えない

本厄を存分に感じた一年を過ごしてやっと回復してきたこの命。ただいま。
前回の記事はほぼ一年前で、近所の八幡様に厄祓いに行き、「頭を垂れてください」と言われ、おおぬさ(白いファサファサしたやつ)を頭上でシャンシャンされながら、毛糸の靴下にポタポタと涙を落とし続けてたなぁ。って思い出して、今ニタニタしてる。
それくらい復活。
生きていれば色んなことがあるが、何がきっかけだったか分からなくなるほど、意識が白濁するのは初めてで。
でも過ぎてしまえば、全て栄養で、必要事項だったなぁと。

しばらくの間、必要とされる人になりたい欲求をこらえ、確実に他者を介在させない自分を維持した。
想像以上に孤独だったけど、
他人に絶対介在させない
他人と絶対比較をしない
私が私にだけ満足する時間を設ける事で、幸福感が湧き上がった。
エネルギーの意識が戻ってきた。

自分の軸がだんだんと戻ってきたところで、手を差し伸べてくれていた人達がいた事を思い出して、その手を掴みにいったら、今までの領域を遥かに超えた、神次元、宇宙次元に引っ張り出され、もともと興味はあったけれど、ここまで知らなくていい。っていう世界まで見てしまって、頭の整理が追いつかない1、2月だった。
私まだ全然そこじゃない(笑)みたいな。

と同時に、どんなに落ち込んでも、どん底を感じていても、救いの手を差し伸べてくれる人、救いの言葉をかけてくれる存在を、思い出せるくらいの記憶は残しておくべきだと学んだ。

過去の積み重ねをゼロにすることや、関わりを絶つ事は不可能だけど、ここから舵を切る人生なのだなと知ってしまった以上、「動くしかない」の一択で、その為のドラゴンボールを神領域の方々に埋め込まれた気がします。

何言ってんのって感じなのは重々承知なんですけど、つまり、その、とてもじゃないけど言えない。


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