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【小休止1】文章がうまくなる「書き写し」訓練

さまざまなジャンルの文章に、自分なりの赤ペンを入れていく企画です。マガジンの詳細については【はじめに】をお読みください。

赤ペン企画も5回が終わりました。これまで読んでくださった皆さん、ありがとうございます。今回は小休止して、文章がうまくなる訓練法についてお伝えしてみたいと思います。

世の中にはさまざまな文章教室や養成講座がありますが、私はそのような場で学んだ経験はありません。私自身は、編集者にたくさん赤字を入れられて(今も継続中ですが汗)勉強してきました。

自己表現の手段として文章を選んだ人は、もともと書くことが好きで好きでたまらなかったり、書くことが得意だったりして、書かずにいられない衝動によって数をこなすために、わざわざ講座で学ぶ必要はないのかもしれません。

ただ、訓練となると話は別です。
野球大好き少年だったイチローが人並み外れて努力をしてきたことは有名な話ですが、人気シンガーであっても、見えないところで日々ボイストレーニングなどストイックな訓練を続けているはずです。

文章も日々の訓練が必要ですし、訓練次第で必ず上手になります。いろいろな訓練法があると思いますが、私がオススメしたい方法は「書き写し」です。

2011年春に私は会社員を辞めました。ちょうどその頃、かわいがってもらっていたノンフィクション作家の衿野未弥さんに、某大手編集者の集まる飲み会に連れて行ってもらったことがありました。そこで私が「ライターになります!」と言ったら、「俺が衿野を育てた」と言う、ザ、昭和の編集者のおじさまにこう言われました。

「ライターになりたいなら、とにかく名文と言われるものを書き写せ!あの大江健三郎だって書き写して練習していたんだ!」

なるほど、と思って、そこから私は書き写しを始めることにしました。最初はパソコンで文章を打っていたのですが、全然頭に入ってきません。そこで、これはやはり手書きだと、新しいノートを広げ、一文字一文字手書きでの書き写しを始めました。
名文と言われてもどの作品を選べばよいか分からなかったので、はじめは夏目漱石の『こころ』や、谷崎潤一郎の『春琴抄』を書き写しました。

手書きすることで文章が頭に入ってくるようにはなりましたが、明治の文豪の文章は自分がいま書いている文章と違いすぎで、仕事に生きている気がしません。どうしたものかと思い、今度は日本でおそらくいちばん文章が上手であろう村上春樹氏のエッセイ『走ることについて語るときに僕の語ること』(文春文庫)を書き写してみることにしました。

平易な文章で一見誰でも書けそうではあるのですが、なぞってみるとそのリズムの良さ、言葉のチョイスの秀逸さに驚きました。

書き写しの良さのひとつに、ボキャブラリーの引き出しが増えることが挙げられます。
文章の上手さとは、語彙の豊富さだと言われることもありますが、同じ意味でも複数の言い回しの引き出しを持っていたほうが、当然表現は豊かになります。

人それぞれ文章には癖があり、いつも使いがちな単語や表現があります。他人の文章を書き写すことで「こんな言葉もあるのか」「この表現すてきだな」と、ただ目で追って読むときより深く学ぶことができます。

春樹氏の後は、私が尊敬する文章の一つである、読売新聞の「編集手帳」をひたすら書き写しました。これも非常に勉強になりました。
ノンフィクションを書きたいと思うようになってからは、大宅壮一ノンフィクション賞の受賞作を書き写していた時期もあります。

そして、この2~3年は、TBSの「情熱大陸」のナレーションを耳で聞きながら書き起こしています。もともと好きな番組だったのですが、ドキュメンタリーなので、ノンフィクションの練習になるだとうと書き写してみたら、これもまた表現の宝庫でした。
「書いたものは音読しろ」とかつての編集長に教わりましたが、声に出して読んでみて引っ掛かる文章は、黙読しても引っ掛かります。ナレーション原稿は人が音読することを前提に書かれているので、流れるような文章に仕上がっているのです。

情熱大陸を書き起こしてみて、主語の表現に特徴があることに気がつきました。

八百万への敬意が、こんまりメソッドの根底を支える。(近藤麻理絵)
2004年、3連続ノックアウトを酷評した記事は、しかしエースの闘志に火をつけた。(広島東洋カープ)
めぐる季節は、少女を時代のアイドルにした。(新垣結衣)

人の動作や心の動きなのに、人以外を主語に置くことが多いんです。
これらの文章を、普通に書けばこうなります。

こんまりメソッドの根底を支えるのは、八百万への敬意だ。
2004年、3連続ノックアウトを酷評した記事を読み、エースは闘志を燃やした。
季節がめぐり、少女は時代のアイドルになった。

全然違います。主語に一つひねりを加えることで、文章に色気が加わると思いませんか? 

また、主人公を主語にする場合も、直接名前や彼女というのではなく、多様な言い回しで表現しています。

人気の脚本家は、料理は苦手だという。(中園ミホ)
根っからの負けず嫌いは、やがてキレのあるパフォーマンスで注目を集め始めた。(大島優子)
希有の歴史学者のシャツのサイズは、「M」のようだ。(磯田道史)
好奇心の塊は、打ち上げ責任者にも話を聞きたいと言い出した。(小山宙哉)

にくいな!と毎回ジェラシーです。

小説やエッセイ、あるいはnoteの投稿でもいいと思いますが、自分の好きな文章を一度書き写してみてはいかがでしょうか。きっと、新しい発見があると思います。

次回(4月15日)は、通常の赤ペン教室に戻ります。【第6回】平成の思い出(500字) の予定です。

ノンフィクションを書きたいです!取材費に使わせていただき、必ず書籍化します。