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【第1回】エッセイ:あるショットバーのこと(350文字)

さまざまなジャンルの文章に、自分なりの赤ペンを入れていく企画です。マガジンの詳細については【はじめに】をお読みください。

第1回目はエッセイです。

お題:「行きつけのショットバーについて、自由にエッセイを書いてください」(350字)

私は2018年4月まで御茶ノ水にあるショットバーで週に1回、バーテンとして働いていました。バーテンを卒業するにあたり、常連さんたちにバーについて文章を書いてもらい、小冊子にまとめました。今回はその中のひとつ、Iさんの文章を紹介します。

「あのくそ上司!」
 ひとりごち帰路を歩く。こんな日は飲むしかないと店を探す。

 裏路地で見つけた店は、ガラス張りで夜道に優しい明かりを落としていた。
扉に手を掛けると予想外に重く、自分の入店を拒んでいる。精々十数席の狭い店内から、八つの瞳が好奇の眼差しを向ける。
一人が「コツがあるんだ」と内側から扉を開けてくれた。中に入ると予想以上に狭い。
こちらへ。とバーテンに誘導され席に着く。
「ジントニックを」
 懐かしの歌謡曲の流れる店内。バーテンの手元、グラスの中で氷が躍る音に心を落ち着かせる。
「初めてですか?」
 隣に座っていた常連らしき女性から声を掛けられる。
「はい。ちょっと飲みたくて」
 どうぞ。と出された酒を飲み、身の上話をする。

店は活気を増して行き、気付くと五杯目。思わず深酒になる店だ。すっかり気分も晴れていた。

この文章に、赤ペンを入れてみましょう。

まず、書いてみると分かるのですが、350文字というのはかなり短いです。ほとんど何も書けません。お店の外観や場所を説明している間に終わります。書けることは一つ。何を書くか、をまず決めることが大事です。

上司との関係性に悩む会社員と思われる主人公。このエッセイで伝えたいことは、「小さなショットバーの雰囲気が良くて、お酒が飲んで気持ちが晴れた」ということでしょう。そうすると、最も大事な、気持ちが晴れていくプロセスが抜け落ちてしまっています。4人の客に好奇な目を寄せられてジントニックを飲んだ主人公が、なぜ急に気持ちが晴れたのか、読者は置いてきぼりになってしまいます。

そのため、最初のお店の描写を削り、お客さんとのやりとりなど、いかにこのお店の雰囲気がよく、心がほぐれたかを書く。これが800字なら前半のエピソードも生きてくるのですが、350文字というのはそれだけ書けることが少ないのです。

細かい赤字はいろいろ入れましたが、今回は冒頭の1文について私の考えをまとめてみます。

【ポイント1】文章は出だしの1文が命。

特にエッセイのように書き手の自由度の高い文章は、最初の1文で読者を引き付けられるかどうかが非常に重要です。ライターとして仕事で文章を書くときも、最初の1文は最も緊張します。

冒頭一文目のテクニックですが、私はライターとして最初にお世話になったビジネス系書籍の編集長に「数字でスタートするのはNG」だと習いました。例えば、こんな文章でしょうか。

1980年1月30日、私は生まれた。

確かに、だから何?となりますね。ただ、インパクトのある数字であれば、数字スタートもアリだと考えます。
例えば、

146歳―世界の長寿ギネス記録だ。
12月25日、クリスマスに株価が暴落し2万円を大きく下回った。

数字でもこれらの内容であれば、興味を持つ人も多いのではないでしょうか。

次に、今回のIさんのように、「」の会話文で始める方法。これもひとつのテクニックですが、私は敢えて使わないようにしています。読者を引き付ける一番ラクな方法だからです。同時に一種のあざとさのようなものをどうしても感じてしまうのです。ありきたりで少し稚拙な印象も否めません。ただし、読売新聞の「編集手帳」など、引用文からスタートするのは素敵だなと思うものも多いです。

そして、出だしの1文として最もNGなのは、ダラダラとした長文。~ので、~だが、と2行3行にも続き、言いたいことがたくさん含まれる文章は、冒頭に持ってくるべきではないと考えています。
最初の1文は短く、言い切り。難しいですが、これが決まればカッコいいです。

さびしさは鳴る。
『蹴りたい背中』綿矢りさ
私は泣いたことがない。
『飾りじゃないのよ涙は』井上陽水

惚れ惚れします。

ちなみに、このショットバーのエッセイ、私はこんなふうに書きました。

好きな景色がある。
ガラス扉の向こう、お客さんが入って来る瞬間。
今日は誰がいるかな。苦手な人はいないかな。
みんな、少し不安そうな顔で入ってくる。バーテンだけが見られる、お客さんの最初の顔。
12人しか座れない小さなバーだから、中に誰がいるのか気になる気持ちはよく分かる。

「バーカウンターから見える景色は特別だよ」
そんな口説き文句でオーナーからバーテンに誘われたのは、もう4年も前のことだ。その言葉の通り、客のときには見えなかった景色がたくさんあった。
空気には色があると知った。この店では、常にたくさんの感情が混ざり合う。150回以上バーカウンターに立ってきたが、一度として同じ色の日はない。

不安そうに入ってきたお客さんは、やがて笑顔で帰っていく。役目を果たせたバーテンは、少しだけ得意げな気持ちになる。

私は客ではなく、バーテンとして書きました。立場が変わると見える景色も変わります。

25人に同じテーマで書いてもらったのですが、私が最も感動したMちゃんの文章も、ぜひ紹介しておきます。

ある人が呟くように言った。
「このお店は寂しい人にしか見えないんだよね。」そして笑った。

あの日、硝子から煌々とオレンジの光が見えたのは、なんだか今の私には偶然ではない気がして、気がつくと光を放つBARの中に包まれていた。

ショットバーなんて久しぶりだ。
お客さんが4人。バーテンが1人。
私がきたことで、少し空気が変わった感じがする。和服。和服。スーツ。ハンチング帽にタンクトップ。変わった空気より気になることは沢山あった。

一人。頼んだビールを静かに口へ運ぶと、自然に「乾杯」と口々に言われ、目の前でジュージューと焼けるさつま揚げを見ながらふと物思いに更ける。

この一瞬を共鳴し、静かに楽しむ時間。
彼ら彼女らは一体何者なのか、
ふと聞こえた言葉は私がここへ来た必然性をハッキリとさせた。

暗い!(笑)。なぜBARがアルファベット表記なんだとか、細かいところで気になる部分はありますが、それを凌駕する、独特の世界観があります。これは私には絶対に書けない、ぐぬぬぬ…となりました。1文目と2文目を入れ替えて、「」からスタートすることもできるのに、そうしなかったことにMちゃんのセンスを感じます。

今回は以上です。
次回は【第2回】エントリーシート:ある対談番組にて(200字)の予定です。

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