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12年習ったピアノはピアノを弾くことより”人”が好きだったから続いた

おはようございます。
アーシング・クレイ・クリエイターMaricoです🌿

クレイセラピスト育成をメインとした教室「ホリスティッククレイ研究室Charma」を主宰。
クレイセラピスト育成とアーシングアートクリエイターとして活動中。
2022年、クレイを伝える人のための
ビジネスアカデミー発足。

クレイセラピスト10年目を迎える
2023年のタイミングで
Uターン移住を控えている今
学び始めた10年弱前から
今に至るまでの歴史を振り返る
時間が増えた今
「クレイセラピスト」に可能性を感じた
チャンス的な視点は大事な土台になっていますが
「これ」と決めたもの・コトには
疑うことなく突き進む人間だったなと
幼少期からの自分に重ねて耽っています。

少しわたしの過去のことを。

「12年ピアノを習っていた」

と言うと、驚かれるのですが
(イメージないみたい。笑)
小学校に上がるタイミングで
習わせ始められたものでした。

まだ保育園児だったし
自分からやりたいと思ったものではなく
その時代、女の子の習い事は
ピアノだというほど
クラスの女の子はみんな習ってる・・・
レベルの習い事だったので
わたしも例に漏れず・・・

結果、小学1年生から高校卒業するまで
12年間習い続けていましたが
今、大してピアノは弾けません。
猫ふんじゃったくらいかも。笑

自宅での練習が好きじゃなかったし
週に1回のレッスンに通う
ルーティーンが耐えられない子どもでした。

腹痛などの仮病を使って
レッスンをずる休みしたり。
送り迎えする母親は嘘だと
氣づいていましたが。笑

でも、不思議と自分から辞めたいと
言ったことはありませんでした。

ピアノ教室を決める時
ピアノ販売店(YAMAHAかな?)の
販売担当の方から
市内の教室を幾つか紹介されて
その中から選んだのですが
今もその時の選択は明確に覚えていて
両親が「Maricoと同じ名前のまりこ先生がいるね」
と。
名前の漢字もまったく同じ先生。

「どうする?」と聞かれたことを
保育園児だったわたしですが
はっきり覚えていて
「まりこ先生」という名前で
選んだ教室でした。

うる覚えですが販売店にも
別階に系列教室?のような
よく街中にあるような
教室も併設されていたので
中規模な教室に通う子も多かった時代。

でも両親とわたしが選んだ教室は
小さな小さな個人教室を営む先生でした。

今思うと大勢が集まる場所が
得意ではないわたしにとっては
必然の選択だったんだろうなと思います。

一対一のプライベートレッスン。

その当時も特別なスタイルではないけれど
そうじゃないもう一方のスタイルの教室だったら
すぐ辞めてたんじゃないかと思います。

先にも書きましたが
ピアノの自主練が好きじゃなく
レッスン前後も自宅で
練習することは少なく氣まぐれ。
発表会の前だけ一夜漬け的に練習はするので
本番に強いタイプにはなりましたが
コツコツとした練習はまったくしない。
(隣に住む幼馴染は毎日のように練習していて母親によく比べられていましたね)

練習も好きじゃない
毎週必ずレッスンに通う
決められたルーティーンが
好きじゃないタイプだったので
習い事に向かない子どもでした。

でも、
「まりこ先生が好き」

それだけでした。
(ちなみに5つ下の弟はよく母親とお迎えに一緒に来ていましたが、母親は車の中で待っていて一人で教室まで上がってきてわたしのお迎えに来てました。弟もまりこ先生が大好きだったんだと思います。)

練習して来ない生徒なので
先生はお見通しなわけです。
(前週より上達してないからw)

でも、いつも笑って
わたしのペースに合わせてくれて
時々、お尻を叩いてくれて
それでも辞めずにいたわたしを
いつも温かく迎えてくれていた先生でした。

友達が通っていた教室では
怖い先生もいると聞いたことがあるけれど
怒られた記憶は一度もなくて
基礎的な教本に沿って習っていましたが
発表会の選曲などは先生が提案してくれ
わたしが好きそうな曲を
頑張って弾きあげた時は
すごく褒めてくれて。

とにかく優しい先生でした。

結局、ピアノ自体が好きで
12年も通っていたわけではなく
先生が好きだったんですね。

そう。「人」だったのです。

「人」が先で
「ピアノ」が後。

中学校に上がる時も
部活を選ぶ際は運動嫌いなわたしは
吹奏楽一択だったのですが
選択する楽器も「まりこ先生」が
音大時代に先攻していたフルートを
「やってみたら?楽器貸してあげてもいいよ」
という一言で、フルート一択でした。

なんの疑いもなく。

中学1年生になり
吹奏楽の各パートを見学して回るのですが
わたしはフルート以外やるつもりがゼロ。

人氣のサックスやクラリネット
トランペットに目もくれず
第一希望のみでフルートに。

一度決めたら成果がでるまで
突進するのは今も変わらないのですが

「信じられる人」に対しての
大きな信頼は揺るぐことがないんだなと
幼少期から青春期でわたしを形成した
経験だったような氣がします。

「ピアノとクレイ」

教えているものは違えど
数十年後、氣づいたらわたしも
「まりこ先生」と呼ばれる立場に
なっていたことにふと氣づき
わたしが尊敬した「まりこ先生」には
人間性的に全然、叶わないけれど(笑)
結局、どんな選択の先にも
「人」や「ご縁」がすべてを決めるんだなと
思うわけです。

12年も習わせたのに
技術が身につかなかった娘。笑
両親からしたら投資しがいのない
娘だったと思いますが
わたしは感謝しています。

ピアノを習わせてくれなかったら
「まりこ先生」に出会うこともなかったし
その後、大好きになったフルートを
吹けるようになることもなかったかもしれない。

「人が好き」

という視点で物事の選択が
できる人間になっていなかったかもしれない。
(冷めた子どもだったので)

その当時の先生の年齢はとうに超えた
今のわたしですが
「教室の先生」の先輩として
今も尊敬していますし
礎になっている人だったりもします。
(キャラは全然違うけれど。笑)

今もピアノ教室をされているかは
わかりませんがUターン移住で
地元に帰ったらどこかで会えるといいな。

これから先も
「人ありき」で選択していくだろうし
「人ありき」じゃない選択は
本当のブランディングではないと思っているので
わたしのコンサルはこれからも
その人の「人柄」や「個性」「強み」にだけ
フォーカスしていくんだろうと思います。



<thanks>
友人であり、セラピスト仲間である
葉山在住のTomomiさんが
わたしのことも紹介してくれた記事をご紹介。
お家サロンを営むTomomiさんは
3人のお子さんを育てるパワフルママです。
センスも素敵でいつもTomomiさんの
着ているお洋服がツボすぎて
「それどこの?」とよく聞いていました。笑
コロナ騒動が始まり自宅サロンにお客様を
呼びにくい状況が起こり
施術以外のシゴトも作っていきたいと
個人コンサルを申し込んでくれたことが
きっかけでnoteをお勧めしたんですね。
インスタで長文を書いている人だったので。
そのままコピペでもいいからnoteやってみたら?
と。
自然療法家仲間でもあるTomomiさんの投稿は
子育てママに是非読んでもらいたい。

今はstand.fmも毎日配信されていて
心地よい優しい声が聴けますよ♪


いつも最後まで読んでくださってありがとうございます。いただいたサポートは次のサポートの循環を生むこと、世界中の子供たちの笑顔のために循環させていただいております◡̈⃝︎⋆︎*