見出し画像

2013.03.11 NB ⑧

旅が終わり、1人で考える。


刺激を与えられたか?
驚きと感動を伝えられたか?
期待外れではなかったか?


「テクニック見せられなくなったら、僕の存在価値も無くなるんです。だから練習は止められないんです」


レガッテスタッフの方々は「ストイックだなぁ~(笑)」と誉めてくださったが…


練習中、テクニックの紹介でミスをする。
できるまで何回か繰り返す。
時に、成功できず「こんな感じ」で終わってしまう。


子どもたちの挑戦中、自分も練習する。
見本で失敗した技が、その時間に成功することも。
なんで見本の時にできないんだ、と自分自身に腹が立つ。


子どもたちに「失敗したっていいんだぞ!!」とは言うものの、見本が失敗のまま終わってしまうようでは…


肩書きも何もない自分が、分かったようにサッカーを語ることはできない。
でも、いろいろなボールコントロールを見せることはできる。
テクニックとアイデア、遊び心を伝えることもできる。
それを見た子どもたちが真似をしてくれれば…
関わった子どもたちがボールを好きになってくれれば…


サッカーに正解は無い。
見て、真似て、考え、工夫(想像)し、創造する。
その追求の先にしか見えないものがある。


子どもたちに、見えないものを見ようとする勇気を。
挑戦と失敗の連続から、成長・進化のきっかけを。
そのために、大人たちができることって何だろう?


レガッテの指導者は、練習の工夫と声かけによって、子どもたちの心をくすぐる。
OMAは、見せる(魅せる?)ことによって、子どもたちの心に刺激を与える。


子どもたちの導き方にも正解は無い。
が、すべては子どもたちの目が物語っている。
レガッテの中学生たちもまた、目の色が違った。
あの目を持っている限り、成長・進化は続いていく。


次の練習は水曜日とのこと。
レガッテ戦士たちの目の色は変わっているだろうか?
その目に、OMAが残してきたものは映っているだろうか?


少しでも変化があれば…




肩書は関係ない。
真剣にプレーして、
あのオッサン上手いなって思って、その技術を真似したいって思ってもらえたり、
サッカーって楽しいと感じてもらえたら、
それでええんや。
(金田喜稔)

画像1




NB=ノーブランド。
肩書きなんて関係ない。
ノーブランドの自分に何ができるか?


「サッカーの楽しさを伝える」


重度の鞠中毒患者であることの誇りを胸に、これからも追求を続けていく。


もちろん、鞠中毒患者の感染拡大を謀る旅も。笑


帰りの新幹線。

画像2

テクニックを通して、鞠中毒仲間の輪を日本中に広めたい!!


「つなげよう、鞠中毒。」




おわり


熱病フットボーラー OMA

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?