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公務員を辞めて開業カウンセラーになったその後とこれから何をするか


公務員として、5か所の勤務地を経験しました。それで、18年。
そして、私は公務員を辞め、心理カウンセリングルームを開業しました。
それから、20年弱が過ぎました。30代半ばだった自分は50代半ばに。
経営は今もしています。確定申告も毎年しています。
ただ、事業として成功しているか、と言われると全くしていません。
なぜ、生活と、この事業主という立場を続けられているかというと、ひとえに、夫のおかげです。
それはもう、隠しようのない事実です。
そもそも、夫に相談してゴーサインがでなければ、いえ、その前に結婚していなければ、公務員を(その時のタイミングでは)辞めることはできなかったと思います。

20年近くのことを、さらっと書くことはさすがにできません。(経営的に)いろんなことがありました。
ただ、経営のことはさておき、心理カウンセリングを続けてきたことは確かなので、今自分にできる仕事は何かと考えた時に、自分が経験したことの中で、誰かの役に立つかもしれないことを書き記すことだということに思いが至りました。

心理学のことをかみ砕いて説明し、どなたかの役に立つような記事を書く、というのは、Instagramのほうで展開したいと思っています。

こちら(note)では、ひとつには、カウンセリングの技術的なことを書きたいと思っています。
例えば、人の話を聴くということにも、技術があります。心があれば誰にでも、その人のやり方でできることなのかもしれません。それでもよいと思います。ただ、技術というものを知っておくことで、日常生活(家族、職場、友人、恋愛などの場面)に役立つ可能性があるかもしれません。そして、誰かと誰かがよりよい関係が築くことができ、そこから派生する人間関係の中で、自分は不幸だと感じる人がひとりでも減るならば本望です。

そして、これからの時代、どのように動いていくかわかりませんが、少なくとも以前よりも「聴く」ということの効果が社会に認められ始めているように感じます。実際、ビジネスでの参入も増えてきているようです。あくまでも、私の肌感覚ですが。
そうすると、いろんな形で、仕事として人の話を聴く立場に回る方が増えていくのではないかと思います。専門職の方は、もちろんアカデミックな場で学習し訓練してきているのでしょうが、もう大分、一般の方にメンタルケアに関わる仕事に就く機会が増えていると思うのです。その場合の研修体制は様々です。傾聴に留まる場合は、まったくない場合もあります。善し悪しは関係なく、傾聴やカウンセリングの仕事に就く方へのヒントになり、それがその先の利用者さまにうまく還元できるといいな、と思います。

そして、もうひとつ書きたいテーマがあります。
カウンセリングルームの経営について、です。
どれくらいの需要があるのかわかりませんが、女性が独立していろいろなサロンを経営する時代です。
その中に、心理カウンセリングのお仕事を立ち上げる方もいらっしゃるかもしれません。実際、不可能ではないのです。
経営的に成功していない、と書いた自分の言葉には説得力がないと思われるかもしれませんが、転ばぬ先の杖として役立てていただけるといいな、と思っています。

公務員の時に、3年勤務して、やっとそのポジションの仕事の奥深いところまで理解でき、いざ課題がわかって取り組もうとビジョンが見えてきた頃に転勤があり忸怩たる思いをしていました。次の担当者がまた一から繰り返すのか、と暗澹たる気持ちに沈みます。いつまで経っても住民のための仕事が改善されないままだからです。一職員として、歯がゆい思いをしていました。ジョブローテーションといって、定期的に担当者が変わることのメリットも多くありますので、それは仕方がないとしても、「積み上げ」ができないのは非常にもったいないと思っていました。だからこそ、できることは「引き継ぐ」ことだと私は思っています。公務員に限らず、ですね。そのために歴史や先人から学ぶというのは大事なのかもしれません。

壮大なことを言って、面映ゆい気持ちではありますが、とりあえず、自分が経験した20年を、次の世代の人たちにバトンタッチする準備に取り掛かろう。そう決意した次第です。

最後に、現在の状況です。
母が施設に入っております。
それで、私が動けるかというと、動ける時間が今はあるが、いつどうなるかわからない、というのが正直なところです。
母に何かあったら、特に入院するようなことがあったら、一番そばに寄り添うのは自分の役目です。
カウンセリングの仕事をしていれば、利用者さまとは年単位で関わってゆくことになります。しかも、心を扱うことの連続性、信頼関係の構築といった仕事を、簡単に他の人に代わっていただくというわけにはいかないと私は考えています。
なので、今はカウンセリングの仕事は、本当に少数の継続の利用者さまのみに絞っています。
他に、何かの仕事をするにしても、同じ理由で正社員や長期のパートに踏み切れていません。ただの怠慢ではないか、とここ数年自分を責めたりもしました。
加えて、私は、どうやら体力のキャパが小さいようです。

このような条件の中で、いろいろ考え、展開を経て辿り着いたのが今の形です。
自分の体調、母の様子を見ながら、自分のペースでできること。
それが、オンラインでの傾聴サービスと、「書く仕事」ということになりました。

久しぶりに、胸の内を発信するのが、とても不思議な気分です。
ですが、なんとかやっていきたいと思います。
完璧主義をやめた、というよりも、もう完璧にはできない自分に大分慣れてしまったので…。

最後の最後に。
ここまで生きてこれて、思うままに仕事ができたのは、ひとえに夫のおかげです。私が、そうはできない第三者だとしたら、こういう私のような生き方を妬んだり、軽蔑すらしたかもしれません。
でも、現実、このようなことになってしまいました。
その贖罪の意味も込めて、私の中に溜まったものを、文字にしていこうと思います。
では、また次の記事で。

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