使命が生かしてくれたこの命

2019年6月沖縄移住したとき時期を思い出すと

いろんな思いがこみ上げる。


母が2019年2月に亡くなり

骨壺の入った母を見たときに

「最期は何も持っていけない。

これからの人生、魂を磨くことを最優先に生きよう」


と、母からの最期の教えを受け取り

本気で自分の本心で生きることを決意した。



・・・・・・・・


2019年

縁を切っていた母と

最期の半年を過ごすことができた。


母を看護をしながら

自分自身のトラウマを癒すために

カウンセリングを受けていた。



弱くなってうまく体を動かせない母に対しても

突然暴れてきた恐怖が抜けず

優しくできなかった。


もう永くないのはわかっている

優しくしたい

なのに、心が拒否して優しくできない。


そんな自分が嫌だった


最期の電話に私は自分の意思で

「母と話すことが限界だ」と出なかった。


ずっと「電話出なかったら後悔する」と

ガマンして出てきたのに


本当の最後の電話には出られなかった。



カウンセリングの時

ずっと


母を愛したい

亡くなる前に母に優しくしたい


そう先生に懇願していた。




結局、最後まで私は母に優しくすることはできなかった



「先生、間に合わなかったよ・・」


そういった私の言葉に

カウンセラーさんも涙するほどの想いが詰まっていた。



心が耐えられず

体が引き裂かれそうになるほどの想いを

抱え続けてきたけれど

ずっと私をさせてくれたのは



「絶対に乗り越えて この経験をまだ見ぬクライエントさんの希望にしてやる」


という想い。


何をどうやっていいのかもわからないけど

一筋の力を与えてくれた夢。


【幸福度を世界トップ3にする!】


どれだけの想いを伝えたところで


同じくらいの痛みを経験していない人には

ほとんど響くこともない。


心から信じてくれる人も少なく

「なんかでっかいこと言ってるね」と鼻で笑われることも

たくさん経験した。


それでも、信じてくれる人がいる


そして、私が私を信じている。


たくさん失敗したし

思ったような理想の自分になれなくて

自分を責めることもたくさんあった。



けど、私はやってきた。

その時その時の精一杯

できる限りのことを全力でやってきた



それだけは、私がわかってあげなくては

と改めて思う。




過去の私へ


頑張ってくれてありがとう

生きていてくれてありがとう


未来の私は


あなたの頑張りに心から感謝しているよ


失敗しても私はあなたを責めないよ


あなたの選択は何も間違えていないよ


そして、今の私のことも


未来の私がそう言ってくれていると信じて

今日もコツコツ生きていく。






ご興味を持っていただきありがとうございます✨日本の幸福度を世界トップ3にする活動家✊頂いたサポートは日本のハッピーに向けて活用させていただきます❣️