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おかあさんのこと考える1日

母の誕生日だった。
母は余命宣告されていて、誕生日を迎えられないかもしれないと言われていただけに本当に嬉しい。
誕生日プレゼント何がいいかなとあれこれ考えた。

食べ物は制限もあるし量を食べられないからなにかリラックスできるものがいいかな?
と母の喜ぶ顔を想像して選んだ。

自分もそうだが、プレゼントをもらって嬉しいなと思うのは、自分のことを想ってくれた時間だ。

なんとなく義理でくれたものって伝わる。それなら物じゃなくて顔みてお喋りするだけでいいと私は思う。

実際母も終活しながら色々断捨離したりしている。

だからモノじゃなく感性に触れるものがいいとおもった。

肌触りの良いガーゼのタオル
ラベンダーのピロースプレー
ルーカリとチューリップの花束
室内で育てられるプチトマトの栽培キット

をプレゼント。

とても喜んでくれた。

母との時間がかけがえのないものになっている。なるべく時間があれば顔見に行きたい。元気そうな顔見るとお互い嬉しいし安心する。
時間は有限ではなく、いつかはお別れの時がくる。
限りある時間。今を、大事に、丁寧にごきげんでいよう。

母の喜ぶ顔をみて、私が幸せでいれば、きっと周りの人も幸せでいられるのだとおもった。

昔のことを最近はよく思い出す。
とても小さいことを、一つ一つ蓋を開けて記憶を呼び覚ます。
それが楽しい。
忙しくして、前しか見てなかったけどたまにはゆっくリ後ろ振り返るのも大事。後悔も反省もしない。ただ感情はいれずに振り返るだけ。
そうすると、なぜだか記憶の蓋が開いて忘れていたことを細かく思い出せるようになった。
母との思い出もそうやってひとつひとつ思い出す。
当たり前だとおもってやってくれていた事が、全て私のためだったなと心から感謝感謝だ!

冬の寒い日誰よりも早く起きてストーブをつけて朝ごはんの準備をしてくれた。

毎日お弁当作ってくれたね。
なのにあのオカズ入れないで!とかあれは美味しくなかった!とか言って、ホントにありがた知らずの自分だった。

なにか注意された時に、ソファを軽く蹴っ飛ばしたら室内ドアのガラスにぶつかって粉々に割れてしまったことがあった。

プリプリ怒りながら自分の部屋にいったけど、お母さんが何も言わずに割れたガラスを片付けていた。

ごめんね、お母さん。
あの時はバツが悪くて謝りもしなかったね。ひどいことした。

実際母と暮らしたのは18年間。
たった18年間。

いま自分も息子たちを育てあげ別々に暮らしているけれど、こうやってたまに私のことも思い出して欲しいなぁ。

娘の立場の自分。
母の立場の自分。

最近は昔のことが思い出せないくらいに昔になってきた。
私も歳をとったもんだ。

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