【テクマ!とのお別れ、そしてSAM3を終えて、雑感】

前の投稿に詳しくありますが、今年僕は道産子アナル遠距離として関わり始めて十年、道産子アナルXとして五年、SAM2の留守を預りSAM1の相方として道産子アナルを実質的に動かしてきました。

やっていることは当時からを変わらず引き継いでいるんですが、道産子アナルらしさみたいなものを守りつつ、僕は僕なりにライブし続けてきたつもりです。

ただ、ずっと自分の中で道産子アナルは越えられない存在でありました。

そこで正直様々な気持ちを持っていた時期に、SAM3の開催が決まり、その直前にテクマ!が亡くなり、どうしたって道産子アナルを止めるわけにはいかなくなったんです。


それならいっそ、せめて気持ちだけでも道産子アナルに対しての遠慮を払拭しようかと。


僕も含めて周りにはオリジナル道産子アナルに対して思い入れの強い人たちが多くいるんだけど、テクマ!もその一人で。

道産子アナルSAM1とテクマ!の関係はとても深く、テクマ!の1stと2ndは道産子アナルSAM1の手によってリリースされたものなのですが、義理堅いテクマ!はオリジナル道産子アナルに対しての恩や思い入れを人一倍持っていたように思います。

それがあったのかどうかはわかりませんが、僕がSAM2の代わりに道産子アナルに関わり出してからは、テクマ!と道産子アナルは自然と距離があったように感じていました。

そんな中、道産子アナル遠距離版から名義を変え、道産子アナルXとしてSAM1と僕がオリジナル道産子アナルを再現するようになってから暫くして、ミクロミュージックの忘年会的なイベントでテクマ!と対バンする機会がありました。

そのライブ後にテクマ!から、道産子アナルX良かった。コバ見直した。コバのこと舐めてたよ。との盛大な賛辞を戴きまして、ニコニコとホントー?なんてこと言いながら、心では、まったくこいつはいつもいつも偉そうにうるせぇな、なんて思っていたことがありました。

ただ、二つ年上で、(僕に対して)プライドの高いテクマ!がそんなことを言うわけだから、それなりにSAM2の代わりが果たせているんだろうと、少し自信にも繋がったんです。

その日が切っ掛けで、翌年のテクマ!、漁港、道産子アナルXのスリーマンが開催されたのです。

そのあとはシュウさんの追悼イベント、テクマ!写真集発、そして今年の7/30にかまち。の生誕祭が、テクマ!と道産子アナルXの最後の対バンであり、テクマ!自身の最後のライブになりました。

今年に入ってさほどライブをやっていなかったテクマ!がこの日に出演を決めたのは、かまち。の生誕祭だからってのが勿論あるんだけど、もしかしたら道産子アナルXが既に決まっているイベントだったからなんじゃないかと、僕は勝手に思っています。

僕も含めて周りにはオリジナル道産子アナルに対して思い入れの強い人たちが多くいるんだけど、テクマ!もその一人で。


そんなわけで、道産子アナルXの名前をそろそろ道産子アナルに戻したらどうかなと。



自分の美学に人生を掛けたテクマ!の最後のライブに立ち会えたことはどう考えても意味が深すぎて、これからもちゃんとテクマ!が認める道産子アナルであり続けなくてはならなくなったので。

先にここに書いちゃって、これを読んだSAM1からの返答を待とうかと思います笑

テクマ!とのお別れ、そしてSAM3を終えて、何て言うか、SAM2が戻るまでは僕が道産子アナルSAM1の相方で良いんじゃないかと思えたんです。

でもねSAM2さん、おれはいつでも待ってますから。なんだかんだ言っても、やっぱりオリジナル道産子アナルはSAM1とSAM2なんですよ。

それまではSAM1と仲良くやらせてもらいます。

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