刃物を持った女が背後に立つ予定がある
世の中にこんなにたくさんの美容室がある理由がわからない。
世の中に美容師になりたいと思う人がこんなにいる理由がわからない。
これは別にバカにしているわけではなく、本当にわからないだけだ。
大体の職業について、それになりたい人の気持ちはわかるし、この職業はこれぐらいの人気があって然るべきだな、とも思っている。本当になりたいわけではないが車掌さんになりたい子どもの気持ちはわかる。
ただ美容師に関してはこれがわからない。カッコイイ髪型にほとほと興味がなく、そもそも髪を切られて嬉しくなったことがほとんどない。せいぜい「軽くなった」「通気性がアップした」が関の山である。
それなのに世の中にはとんでもない数の美容室があり、とんでもない人数の美容師がいる。未来の美容師が研鑽を積む美容専門学校もたくさんある。
繰り返すが、美容師をバカにしているわけではない。私が髪型をどうこうすることに興味がないせいで、美容師になりたい人の気持ちが想像もつかないだけだ。
上京して5年は通っていた理容室が完全予約制になった。完全予約制になったことは現地で知り、それではと数日後に予約の電話を掛けたところ「予約用の電話番号はご存じですか」などと言われ、すべてを諦めた。恐らく業務の形態が大きく変わったのだろう。ごく一部の人しか受け入れなくなったのだろう。
これは由々しき問題である。
美容院を新しく探すのは髪型に興味がある人でも面倒である。お気に入りの美容師さんを探すのは容易ではないだろう。いわんや髪型無頓着男をや、である。
いや、本当に無頓着なのであればこうはならない。本当の無頓着はQB HOUSEにでも行くのだろう。残念ながら私は完全な無頓着ではない。少しのこだわりがこの問題を由々しくしている。私は髪型に大層な興味はない。そのまま梳いて短くしてくれればそれでいい。たったそれだけなのに、それが難しいらしい。
失敗した時のリスクを考えてしまうので小さなころから散髪というものが苦手であった。小学生の頃は毛量の多い子どもであった。
少しのこだわりを持ち始めたのはQB HOUSEがきっかけである。
小学生のころ、それまで母親に切ってもらっていた中、QB HOUSEに初めて入った。1000円を払い、目にもとまらぬ速さでもみあげを全部持って行かれた。無許可でもみあげを持って行かれ、髪型に興味がなかった小学生の自分でもさすがにしょげた。せめて許可は取ってほしかった。
上京してからもQB HOUSEに入ったことがある。さすがに場所・人が違えばあんな惨劇は起こらないだろうと踏んでのことである。もちろん惨劇は起きる。理容師に「全体的に梳いて、前髪は眉にかかる程度、もみあげは自然に残して(小学生のときの失敗を糧にしている)、あとは前髪ともみあげにあわせてください」と伝えたところ、前髪が1本も眉にかかっていなかった。1週間はうまく笑えなかった。
さて、行きつけの理容室を突然失った私は、新しく美容室を予約することにした。なぜか。どうせ予約するなら楽しそうなところがよさそうだからである。25歳になって「楽しそう」「よさそう」を根拠に用いていることには目をつぶってほしい。
予約することにした、と一口にいっても、私にとっては茨の道だ。
まず、怖い。ホットペッパービューティー、怖い。電話しなくていいとはいえ、怖い。
カットモデルの写真が怖い。カットモデルの写真は怖くないけれど、これを見て予約するのが怖い。
別に自分はこうなりたいわけではない。こうなりたいわけではないのに、美容師さんに「こうなりたいのかな~♪」と思われてる中で美容室に行くことになるのが怖い。「こう」されたら仕事に支障が出そうだ。
そして「こうなりたいのかな~♪」「おしゃれ髪型にするぞ~♪」と思っている美容師さんの前で自分みたいなのが出てきたら泡吹いて倒れそうで怖い。そうでなくともモチベーションがガタ落ちしてノイローゼにならないだろうか。これって労災が下りるんだろうか。
そもそも本当の無造作ヘアが敷居をまたいでいいのだろうか。自動ドアが勢いよく首を攻撃してこないだろうか。あんまり美容室に自動ドアのイメージないか。大体手動ドアか。今のは忘れてほしい。
こういうことをグルグル考えてしまうので深夜の睡魔に任せてかろうじて空いている枠を確保した。予約には成功した。
明日、お笑いライブに出演する前に髪を切る。
髪を切った当日の私を見て、みなさんには、どうか、どんなリアクションも取らないでほしい。似合っていなければもちろん黙っておいてほしいし、似合っていても何も言わないでほしい。心からのお願いである。
いや、似合ってなければおすすめの美容室を教えてほしい。できれば家の近くがいい。本当に。お願いしますよ。
もし似合ってたら、美容師になりたいって思ってるかもしれないので、温かく見守ってください。
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