ユリシーズ 第16挿話 エウマイオスの右側

こう答えながら彼はとっさに判断して、同時にしかし実は後ろめたい思いをしながら連れの男の右側へと跳び移ったのであるが、ついでに言えばこれは彼の癖なので、右側こそは彼にとって、古典的表現を使うならアキレスの腱であった。(U-Δ 16.116)

So saying he skipped around, nimbly considering, frankly at the same time apologetic to get on his companion's right, a habit of his, by the bye, his right side being, in classical idiom, his tender Achilles. (U 16.174-6)

この直前にあるのは、スティーヴンが「なぜカフェでは夜になると椅子をテーブルの上に逆さに置くのか」と言うとブルームが「朝に掃除をするためだ」と即答する、という場面であるが、さて、この右側がブルームのアキレス腱とは一体なんのことなのか?

あたしゃ、翻訳を読んで、最初は「ブルーム、実は、右耳が遠いのか?」と思って愕然としました。が、そんな障がいがあれば流石にこれまで何か匂わす表現があったはず。
で原文を眺めて気がついた。

右(right)って、正しい(right)じゃあないか。つまり、right に訳せばこうではないか?

そう言いながら彼は回り込み、とっさの判断ではあるが、実を言えばすまないと思いながら彼の連れの「正しさ」に乗り込んだ、それは彼の習慣であり、それはそうと、彼の「正しさ」の側にあること、古典的な言い回しなら、彼のアキレス腱なのだ。

何のことかわからない…。が、きっとここには第16挿話の根幹がある。「正しさ」がアキレス腱であること、誰かの「正しさ」に乗り込むこと。嘘と法螺話と思い違いがぎっしり詰まった第16挿話は「正しさ」の側にあることの難しさがほとんど習慣になってしまった言語世界なのではなかろうか。

というところで、まあ、ざっと見渡しだけでそこには嘘が山ほどあるわけだ。

例えば、ブルームがパーネルの帽子を拾って手渡して Thank you と言われたという話は、第6章の最後の文章、

Thank you. How grand we are this morning! (U.6.1033)

これが、ジョン・ヘンリー・メントンの帽子の凹みを指摘して「Thank you」と答えられたときに、パーネルの「Thank you」を思い出したブルームの内的独白になっていると初めてわかる仕掛けになっている。

と喜んだのも束の間、第16挿話でのブルームの二度にわたるこの場面の記憶は、「Thank you」と「Thank you, sir」の二つに分れていて、実に疑わしいものになってしまっている。パーネルの帽子を拾ったというブルームの話も right side には being していないのではなかろうか。そしてそれは、第16挿話では a habit なのだ。 

とまあ、こんな感じで大見得きったあと、軽い奇想で。

マッキントッシュの男=パーネル説

まあ、第6挿話で初めて現れ、ダブリン中を誰にも見咎められずに彷徨い歩き、新聞には出るけれども、総督の馬車の前を横切っても問題ない男といえば、第16挿話で偽名でいまだに生きているであろうという「まことしやかに」噂されるパーネルが相応しいのではないか。まあ未検証。

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