ユリシーズ第12挿話キュクロプスにおけるインタルードの浸潤と、語り手を名指す

「俺」は誰だ、誰だ、誰だ。「俺」はバック・マリガンー、マリガン。(✳︎追記1)

とまあ、ガチの学会シンポジウムで大見得をきった手前、確証バイアス的に証拠を後付けで探した結果、全くないことに気づきました。終わり。

とりま、なぜマリガンがここで語り手として出て来たと思ったかというと、さあ、ここを見なさい。

U-Y.9.363
—今夜会おう、と、ジョン・エグリントンが言った。われわれの友ムアがぜひともマラキ・マリガンに来てもらいたいと言っている。
 バック・マリガンは紙切れとパナマ帽をひらひらさせた。
—ムッシュー・ムアがね、と、言った。フランスの今度産ム文芸をアイルランドの若者に講釈ってわけ。行きますぞ。

このあとマリガンはスティーヴンと別れ、黒豹に齧られる悪夢に襲われているヘインズとお茶してるのが第10挿話。
つまり、第12挿話が始まる午後4時40分から7時45分頃は、この「今度産む文芸」の集会に出ていた可能性が高い。
この集会には第9挿話で言及されているように、アイルランド文芸復興の主要メンバーに加え、AEラッセルが「間に合うように抜け出せれば」(U-Y.9.328)参加していたはずであり、同時に神秘主義者のパイパーも出席することになっている。

で、第12挿話のパロディ33箇所巡りですが、圧倒的に多いのが「アイルランド文芸復興文体」で8箇所。次が様々な新聞記事7箇所。ダブりもあるけど、政治と裁判。アイルランド古代文体、中世ロマンス、キリスト教と続くんですが、二つ面白いものがある。
ひとつ目は、降霊会の報告文体でディグナムを降ろして喋らせるパロディ。
ふたつ目は、医学雑誌の学会報告文体で処刑死体のちん○がぼっ○するという学術的なパロディ。

さあ、どうだろう。この二つを交えながら、なおかつ、アイルランド文芸を縦横に茶化しつつ、宗教も政治も戯れ歌にしてしまえるヤツに心当たりはないかい?

そう、医学生にして、降霊会でイタコをやりながら、アイルランド文芸のゲール語復興をふざけながら議論しているはずの、僕らのアイドル、バック・マリガンしかいないではないですか! グローリア!

え? なぜ、離れたところからナレーションできるのか? そこは、近代兵器「ラジオ」があるから。嘘です。(シンポジウムでは口走りましたが)
まあ、そこは「アレンジャーって結局そこにいるの?いないの?」という問いと同じくらい目を背けたくなるので却下。なんせ、ジョイス(スティーヴン)がラッセルを若干信奉してたんだから、ええじゃないか。

続いての問題は、「俺」はいったい誰なのか。

って、今、マリガンって言ったじゃんと突っ込みかけたあなた。読みが浅い。私はパロディを話しているのがマリガンと言っただけで「俺」と名乗るものをマリガンだとは思っておりませーん。
降霊会に出ていて、生き霊になってビール飲みに来たとかいうつもりはありませーん。

「俺」は人間です。ただし、その匿名性(©️よしのさん)の意味は、マリガン(仮)の上から目線に対し、およそダブリンの底辺に生きていたであろう全ての庶民の言わば集合体、ボーグからの視点なのです。抵抗は無意味だ。柳瀬さんをして犬と間違えさせてしまうほどの「見えない人間」が「俺」なのです。はい決まり。

まあ、そこまではいいとして(いいとして)、これにナショナリストやらユニオニストやらユダヤ人やらが入り乱れた会話劇を加えた三層が、ある行から、明確に入り混じり始めるっすよ。そこは、

U-Y.12.536
カルペーの岩峰の誇り、トウィーディの黒髪娘。

ここですね。ここはどうも「俺」の内的独白の真っ只中。そこまでは、パロディを飛ばして読んでも全く問題なくストーリーを追えたんですが、ここからは、パロディ部分が会話そのものになっていたり、パロディではないはずの新聞記事がパロディになっていたり、会話に羅列がねじ込まれたりと、全部とは言わないけどかなり三層が互いに浸潤し始めていると、そう感じるわけです。

それは果たして、ユリシーズにとってどんな意味を持つのか? そしてマリガンはこの先の挿話で「てへ、実は集会に出てなかったんだよーん」などとふざけたことを抜かして登場しないのか。

そんなことを考えながら、これから夕飯を食ってから、電気グルーヴのオンラインライブなのです。

ご性徴ありがとうございました。

あ、そうそう、この、モリーが黒髪という情報は、ここが初出ですよね?(✳︎追記2)

2021年7月11日追記

6月27日の読書会

✳︎追記1
マリガンインタルード話者説は「ちょっと無理かなあ」というお話。当たり前ではありますが。
しかし、他の参加者から「ムアのアイルランド文芸復興の集まり」が同時に行われているというのは面白いという感想があり、マリガン説を拡張して、

「ムアのアイルランド文芸復興の集まり」がバーニー・キアナンのバーで行われていたら、こんな上から目線の茶々入れがあったであろう説

に変えて、とりあえず本節を終えておきます。

✳︎追記2
なお、モリーの髪の色に直接言及しているのはおそらくここが初出ではないかとのこと。
ただし、インタルードのパロディ部分なので現実通りではないかもしれないし、見た状況によっても色味が違うのでそのままは受け取れないかもとのこと。LINEスタンプの髪はどうすれば。

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