非日常のはなし

自分のことを一番知っているのは自分なので、自分自身が過去に「非日常」についてツイートした内容を漁っていました。なるほど、やっぱり自分のことは自分が一番わかっている。

不思議なことに、最近いろんな界隈で「非日常」という言葉を聞きます。いろんな界隈っていうとあれですが、いろんな場所、いろんなシチュエーション、いろんな人。非日常なんて言葉、ちょっと前はリアル脱出ゲームの面白さはナンゾヤ、とか、謎解きイベントを面白くするウンタラ、とか、ARGの没入感と非日常性がドウコウ、とか、そういう場面でしか耳にしなかったように思います。

しかし、きっとそれは私の勘違いで、正確に語るのであれば「非日常」という言葉が私の脳の中に印象として残るようになった、というべきなのでしょう。ただ右耳から左耳へ、左耳から右耳へすり抜ける言葉ではなく、頭の中にきちんと残るワードとして、非日常がある。結局は受け取り手である「私」の問題です。

昔の私が言っているように「非日常」というものは「非」日常。つまりはレ点で返って「日常ニ非ズ」というもので、つまり「非日常」を考えるときには「日常」を考えなければいけないわけです。日常って、なんですか?

私の日常は、朝起きて、会社に行って、仕事が終わったらお酒を飲んで、家に帰ってスマホゲームをするかyoutubeでも見るか、土日は喫茶店に行ったりイベントや展示に遊びに行ったり、そんな日々を過ごしています。着飾ることが昔から好きなのと、ありがたいことに服装自由な環境なので、派手な格好をしていることも多いです。知らない話を聞くのが好きで、昔から耳年増だったのは今も変わらず。

残念なことに、私の日常には、「非日常のエンターテインメント」として提供されるものが多分に紛れ込んでいます。リアル脱出ゲーム、体験型イベント、ARG、旅行、洒落た店、接点がなさそうな人との出会いや交流。

毎日、楽しく過ごしてるんですよね。

結局のところは、どんなものでも飽きるっていうことに近いのかもしれません。非日常体験だ、非日常空間だ、と思っているものも何度も繰り返せば日常に組み込まれるんです。頻度の問題でしょうか。毎日触れれば?週に一度なら?月に一度なら大丈夫?

それにしても、おとぎ話は「そして王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしました」で結ばれるわけじゃないですか。そのあとにどんなことが続くかって言えば、永遠の日常です。

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ここまで書いたものが下書きに残っていたので、追記もせずに公開します。

三月ちゃんをいろんなイベントに出張させることが出来ます。ヤバそうなイベントに自分で行く気はないけど誰かに行ってきてほしいときに使ってください。