聖書を読むnote#23
申命記18:15-22
要約(Claude3)
この箇所では、モーセが、イスラエルの民に、将来、神が彼らの間から預言者を起こされることを告げています。
主なポイントは以下の通りです:
神はイスラエルの民の中から、モーセのような預言者を起こされる。
民はその預言者に聞き従わなければならない。
その預言者は、神から授けられたことばを語る。
神のことばに聞き従わない者は、神に責任を問われる。
神から命じられていないことを語る預言者は死刑に処せられる。
預言者のことばが実現しなければ、それは神のことばではない。
この箇所は、旧約聖書における預言者の役割の重要性を示しています。預言者は神のことばを伝える者であり、民はその預言者に聞き従うことが求められました。同時に、偽預言者に対する厳しい警告も与えられています。これらの教えは、神のことばに対する真摯な態度と、神の権威に対する畏れを促しています。
Claude3 とのやりとり
申命記は、旧約聖書の中の一書で、モーセ五書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)の最後の書です。申命記は、モーセがイスラエルの民にカナンの地に入る前に与えた説教や訓戒を記録しています。
主な内容は以下の通りです:
過去の出来事の回顧: モーセは、神がイスラエルの民をエジプトから導き出し、荒野で彼らを導かれたことを思い起こさせます。
十戒の再述: モーセは、シナイ山で神から与えられた十戒を再び語ります。
神への愛と忠誠の勧め: イスラエルの民が神を愛し、神の命令に従うことの重要性が強調されます。
祝福と呪いの提示: 神の命令に従うことによる祝福と、従わないことによる呪いが示されます。
指導者の交代: モーセはヨシュアを後継者として任命します。
モーセの歌と祝福: モーセは民のために歌い、各部族を祝福します。
モーセの死: 申命記は、モーセがネボ山で死ぬ場面で終わります。
申命記は、神と神の民との契約関係を強調し、神への愛と忠誠、そして神の命令への服従を勧めています。この書は、イスラエルの民が新しい土地で神の民としてどのように生きるべきかを教えており、旧約聖書における律法と神の約束の重要性を示しています。
そうですね。イスラエルの民が神の御声を直接聞くことを恐れ、聞きたくないと言ったエピソードは、申命記5章23節から27節に記録されています。
「あなたがたがその暗やみの中から御声を聞いたとき、火が燃えている山のもとに近寄って来たが、その時あなたがたの部族のすべてのかしらたちと長老たちとは、私のもとに近寄ってきて言った、『ご覧ください。私たちの神、主は、その栄光と偉大さとを私たちに示され、また私たちは火の中からその御声を聞きました。私たちは、神が人間と語られても、その人間が生きながらえるのを、きょう、目にしました。しかし、今、私たちはなぜ死ななければならないのでしょう。この大きな火が、私たちを焼き尽くすからです。もし、私たちがこれからも私たちの神、主の御声を聞くなら、私たちは死んでしまいます。すべての肉なる者のうちで、私たちのように、生ける神が火の中から語られる御声を聞いて、生きながらえた者が、いったいいるでしょうか。あなたが近寄って行って、私たちの神、主が言われることをみな聞き、私たちの神、主があなたに語られることをみな、あなたが私たちに告げてください。私たちはそれを聞いて行います。』」
この箇所から、イスラエルの民が神の御声を直接聞くことに恐れを抱いていたことがわかります。彼らは、モーセを通して間接的に神のメッセージを聞くことを望んだのです。
にもかかわらず、神はイスラエルの民を受け入れ、彼らと契約を結び、導き続けられました。これは、まさに神の変わらぬ愛と忍耐を示しています。神は、弱く、失敗を繰り返すイスラエルの民を愛し、彼らが神に立ち返ることを望んでおられたのです。
この神の愛は、私たち一人一人に対しても同じです。
私たちが失敗や弱さを抱えていても、神は私たちを受け入れ、愛し続けてくださいます。そして、神は私たちが神に立ち返り、神との関係を回復することを願っておられるのです。
感じたこと・まとめ
所属する教会の聖書通読に準じているので、今日から申命記がスタートします。
申命記は「繰り返し教える」という意味があると教わったことがあります。
イエス様もよくこの「申命記」を用いて話をされました。
神様と私たちの関係が改めてわかる、律せられる時となりますように。
イエス様のお名前によって。
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