SF創作講座課題考察 第6期第5回「生まれ育った場所を離れる話」

「生まれ育った場所を離れる」というテーマについて物語を書くにあたって、「離れること」に主題を置く場合の考察をする。
「離れる」は他のいろいろな動詞に置き換えることができる。ものとものとが離れる方法には色々あるからだ。千切れる、逃げる、押し出される、他のものに引っ張られる、追いやられる、弾き飛ばされる、くっついていたものが消滅する。
己かあるいは他者からの力学があって、もといた場所から離れる、あるいは離れざるをえなくなる。離れるまでは一筋縄ではいかない。なぜなら、なにかの要因によって元いた場所にくっついているからである。そこから離れる、ということであれば元々の場所にくっつかせている要因を上回るような大きな力によって切り離さなければいけない。地元を離れる、という話を書くにしても、年齢や経済状況や人間関係といった何かがわたしを地元に縛り付けていて、それらを上回る決断やあるいは進学などの大きな状況の変化によって、地元を離れることができるのである。輪ゴムを伸ばすような感じで、抵抗を越える力と努力で引っ張り続けた結果、バチンと千切れることで場所から離れることができるのである。バチン、と離れる特異点が物語上のプロットポイントになるであろう。
さて、生まれ育った場所を離れるという話を書くにしても、地元を離れて上京するような話では単純でつまらないであろう。強い意図がなければ避けた方が無難であるが、単純だったとしても強力な物語を書けば通用するかもしれない。
「生まれ育った」という文言の方に引っ張られて、ロボットや人工生物、本や植物なんかの人間以外を主人公に据えて、工場とか生産地から離れたり、逃げ出して広い世界を見る話を書くこともできるだろう。それでもよいが、使い古されたこのパターンもやはり強力な物語を書かねば通用しないだろう。
グレッグイーガンの短編「ボーダー・ガード」には、永遠の寿命を手に入れた人々が人生に飽きないためにそれまでの仲の良い人たちとの関係を全て捨て去って別の惑星へ移住する、という習慣についての描写がある。その人たちは永遠の寿命を持っていたとしてももう二度と会うことができないので、星を離れることは特殊化された死であると作中では語られる。このように、「場所から離れる」ということが独特の意味を持っている世界状況を想定すると、他の受講生の提出作とは距離がある独自の作品になるかもしれない。
単純に、国を隔てる壁とか、重力とかいう障壁を乗り越えて、新天地へと向かう話では読者の感情曲線が単純というかよくあるものになってしまう。
「生まれ育った場所を離れる」ということが、特殊な世界状況のみで成立する感情を想起させればよい。複雑であればよい。「離れたくないけど、離れなくちゃいけない」というような単純なジレンマではなく、「残酷な選択だが離れる」というような、読者からは隔てた人間性の描写がおもしろいかもしれない。
やはり「生まれ育った場所を離れる」ということには、物理的には可能であっても精神的にはもう戻れない、という状況の方が良いだろう。お盆には帰省で帰れるぐらいだったら、内面の心理を丁寧に描かないと成立しなさそう。

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