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7年前のこと

知人が入院したことを知った。ハガキにはもう歳だからねと書いてあった。周りの人から彼の入院は長引くらしいと聞いて、私はお見舞いに出かけることにした。新幹線に乗ればすぐだ。

なんでこんなに近いのにたびたび会いに行かなかったんだろう。座席に座ると景色がゆっくりと流れ始めた。すぐに車内販売のワゴンが来て、私はコーヒーを注文した。コーヒーはひどく熱い。到着するまでに飲めるだろうかと心配になってきた。隣の席には眼鏡をかけた女が座り、バックからせんべいを出して食べている。女は歯が丈夫な質らしく、バリバリとものすごい音を立てて固そうなせんべいを噛み砕いている。これでは周りの音は一切聞こえないだろう、そう考えながら女を見ていると、おひとついかがです、とこちらにせんべいを差し出した。私は結構ですと断った。気がつくともう浜松だった。私はコーヒーと荷物を持って外へ出た。

途中で小さめの花と煙草を買い、病室へ入ると彼は座って窓の外を見ていた。思いのほか元気そうだ。よう、と私を認めるといつものように片手を上げた。調子はどうなのかと聞くとどうも心臓の調子が悪いのだと言う。静脈が透けて見える位肌の色が白い。
「大丈夫?」
「大丈夫だら」と彼は答えた。いつも左手にあったはずの煙草が今日は消えている。

ちょっとこれ花瓶に入れてくる、と花を持って外に出た。そのまま下に降り、売店で100円ライターを買った。病院の外まで行き煙草の箱のセロファンを破った。寒くて手がうまく動かない。ようやく1本抜き取るとそれに火をつけた。ちょっとだけ吸い込んでは吐き出した。風が吹いてきて、髪が頬や首筋に叩きつけられる。側に置いてある花束の包みがバサバサと音を立てる。かすみ草がいまにも引きちぎれそうに揺れている。私はまた煙草をくわえる。今まで吸った事はなかったが、煙は嫌ではなかった。少し美味しくも感じられた。これから時々吸ってもいいな、と私は考えた。煙草が短くなり灰が下に落ちた。指が熱くなってきたので煙草ごと下に落とした。靴で踏みつけて、拾い上げてしばらく眺めた。それからそれを捨てて花を抱えるとまた病院の中に入った。洗面所で石鹸を使って念入りに手を洗い、花瓶に花を活けた。それから知人の部屋へ向かった。

病室へ入るとすぐに彼は「お前匂うぞ」と言った。「そうですかー」と私は答えた。

#小説
#お見舞い
#煙草

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