産後うつ記録:いざ退院。その日にも貼り付けた「母親失格」のレッテル

✳︎これは現在4歳の娘を出産し、2年半も産後うつに悩んだわたしの、回復までの体験談です。前回の記事はこちらです。

入院期間中、上げ膳据え膳ながら我が子との関わり方が全くわからず、泣き声に怯えていた私。
とうとう退院の日がやってきました。

その時、すでに私にとっての娘は「可愛い!愛しい!」よりも、「どう向き合っていいかわからない存在」でした。

娘は冬生まれですが、その年は大変な暖冬で、12月だというのに20度を超える日もありました。
それが、出産して入院している間に急激に冷え、退院の日はなんと初雪が降ったのでした。
退院の日の朝、窓から外を眺めて「あんな世界に出ていくのか」と、暗澹たる気持ちでした。
そのとき私は、産院から貸し出しのペラペラの入院服をきていたのですが、文字通り外界との「温度差」がひしひしと感じられたのです。

娘も産院貸し出しの産着から、帰宅用に両親が準備してくれていたベビーオールに着替えさせました。
セットになっていたベビー用のキャップはとても大きくて、かぶせると顔を隠してしまうので、やめました。

その産院は、退院の時に親子とスタッフで記念写真をポラロイドカメラで撮り、プレゼントしてくれるサービスがありました。
看護師さん、助産師さん、先生などに囲まれて、娘の抱き方を調整されて写真を撮ってもらいます。
不安が強かった私に撮っては、「退院の晴れ姿」という良い記念と言うポジティブな気持ちではありません。
それなのに不安な気持ちを表に出すことはいけないことのように感じ、無理ににっこりとしました。

迎えにきてくれた父が車を回してくれるまでの間、看護師さんが言いました。
「外は寒いのに、帽子かぶせへんの?」
あらゆることで完全に自信をなくして萎縮していた私は、もごもごと大きすぎたことを伝えました。
その方はふうん、と返事をされましたが、しばらくしてから先生にも「帽子とかないの?」と聞かれました。
するとさっきの看護師さんが「なんか、大きいって」と。
それだけの会話ですが、私には「自分が赤ちゃんに対する判断を誤った」と感じました。
そして、赤ちゃんの防寒を最優先しなかった私に対して、スタッフの方達は「母親ポイントを減点した」と。

出産予定日を大きく超過してしまったこと、出産時にうまくいきめなかったこと、入院中に赤ちゃんに触れることが怖かったこと・・・
そんなことで自分の「母親能力」について自信を失っていた私は、退院のその場でもさらにポイントを削られ(たと勝手に感じ)、
完全に自分自身に大きな「母親失格」のレッテルを貼って、実家へと退院することになったのでした。

おそらくこの時には、すでにマタニティブルーか、もしくは産後うつの一歩を踏み出していたのでしょう。
しかし「とにかく母親なのだからしっかりしなくては」「ちゃんとしたお母さんでいなくては」という具体性のない理想にがんじがらめの私には、
客観的に自分を省みて、誰かに助けを求めると言うことが全く考えられませんでした。

と言うよりも、「母親になったのだから、大変なのはあたりまえ」「当たり前のことが辛いのは自分がダメだから」と考えたのです。
ですから誰かに助けを求めることは、自分がダメな人間であることを認めること。
がんばらなければ、育児は楽しいことなのだから楽しまなければ、と、自分をどんどん追い詰めて行きました。


いよいよ実家へ退院して、赤ちゃんとの生活が始まるのですが、話が長くなりそうなので、次回はここまでを簡単にまとめたいと思います。


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