WTO漁業補助金交渉が再開
世界貿易機関(WTO)で漁業補助金交渉が再開しました。乱獲による漁業資源の減少が懸念される中で、過剰漁獲につながる補助金を廃止しようというものです。2023年3月20~24日を第1回フィッシュウィークとして、集中的な議論が行われました。2022年6月の閣僚会議ではインドなどの反対で部分合意にとどまったため、2024年2月に予定される次の閣僚会議での合意を目指しています。日本政府は、日本には禁止されるような補助金はないとの立場ですが、巨額の漁業補助金を支出しているだけに、全く影響がないと言えるかは疑問です。
1990年代ごろから漁業資源の乱獲が問題視されるようになり、こうした現状に歯止めをかけようと、ドーハ・ラウンドの一部として漁業補助金交渉が2001年に始まりました。漁業補助金は、文字通り漁業に関する補助金を幅広く指し、船舶の建造や漁港の建設、人件費などさまざま補助金が含まれます。ドーハ・ラウンドが行き詰まる中で、漁業補助金交渉もしばらく停滞しましたが、2015年に採択された国連の持続可能な開発目標(SDGs)に漁業補助金の廃止が盛り込まれたことで、息を吹き返しました。
SDGsの目標14「持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する」には、以下の内容が盛り込まれています。
「開発途上国及び後発開発途上国に対する適切かつ効果的な、特別かつ異なる待遇が、WTO漁業補助金交渉の不可分の要素であるべきことを認識した上で、2020年までに、過剰漁獲能力や過剰漁獲につながる漁業補助金を禁止し、違法・無報告・無規制(IUU)漁業につながる補助金を撤廃し、同様の新たな補助金の導入を抑制する」
SDGsを踏まえ、2020年までの決着を目指して漁業補助金交渉は活発になりました。しかし、2017年12月のアルゼンチン・ブエノスアイレスで開かれた第11回WTO閣僚会議では、さまざまな分野で議論が紛糾し、閣僚宣言を採択できず、漁業補助金交渉も進展しませんでした。2020年6月にカザフスタンで予定された第12回閣僚会議は新型コロナウイルスの影響で延期され、2022年6月にスイス・ジュネーブで開かれることになりました。
WTOのアゼベド事務局長は2020年8月に辞任し、2021年3月に就任したオコンジョイウェアラ新事務局長(元ナイジェリア財務相)は、漁業補助金を優先課題と位置づけ、第12回閣僚会議での妥結に強い意欲を示してきました。
カナダのブリティッシュ・コロンビア大学が2019年に発表した論文によると、2018年の日本の漁業補助金は28億6000万ドルで、中国と欧州連合(EU)、米国、韓国に次いで世界5位です。日本は巨額の漁業補助金を支出してきただけに、大幅削減を迫られかねないため、日本政府は交渉には消極的でした。「資源管理を含めた水産改革の推進が可能となるよう、禁止される補助金は真に過剰漁獲能力・過剰漁獲につながるものに限定すべき」とやる気のないコメントを繰り返してきました。
2022年6月の第12回閣僚会議では、「IUU漁業に対する補助金を禁止する」とともに、「乱獲状態にある資源に関する漁業に対する補助金を禁止するものの、資源管理などの措置によって資源回復を促している場合や、補助金自身が回復を促進する場合には補助金供与が許される」ことで合意が得られました。
しかし、焦点となっていた「過剰漁獲につながる補助金」については合意が得られず、交渉を続けることになりました。「資源を持続可能な水準に維持する措置が実施されていると証明すれば支出できる」などさまざまな抜け道が模索されましたが、途上国を対象にした移行期間をどのぐらいにするかで折り合いがつかなかったようです。閣僚宣言案に「7年」と盛り込まれましたが、インドは「25年の移行期間で合意されなければ、交渉を妥結できない」と明言したため、決裂したようです。WTOで合意するには、加盟する164カ国・地域の全会一致が必要で、1カ国でも反対すれば合意できません。
要するに、IUU漁業など明らかに不当な漁業や、既に乱獲が行われている漁業に対する補助金は禁止するが、今後乱獲を促すような補助金の扱いは先送りされたということです。さらに、これらの合意の発効後、「4年以内に完全版の協定か何らかの決定がWTO総会でできない限り、協定は自動的に廃止になる」ことも盛り込まれました。合意内容が発効するにはWTOに加盟する164カ国・地域の3分の2以上の受諾手続きが必要で、現時点(2023年4月4日)ではセイシェルとシンガポール、スイスの3カ国にとどまっており、まだ発効していません。
結局、この時は部分合意に終わりましたが、2001年に交渉が始まって以来、21年もかかりましたが、初めての成果が出たという点で、大きな一歩になったとは言えそうです。農林水産省は、日本には今回の合意によって廃止される補助金はないとして、「日本について不利益になることはないと考えている」とコメントしています。日本側はシロと考えている補助金でも、他国がクロだと主張してWTOに提訴されて負ける可能性はあります。
2023年3月20~24日の第1回フィッシュウィークでは、漁業資源の持続可能性を確保することが共通の目的であることを確認した上で、過剰漁獲につながる補助金について最も有害な補助金に焦点を当てるべきだとの意見が多く出たほか、大型漁業への補助金もテーマになったということです。交渉を取り仕切るルール交渉委員会のエイナル・グンナルソン議長(アイスランド)は「第1回フィッシュウィークは大成功だった。メンバーは前向きで、お互いを理解しようとしていた」と総括しました。第2回フィッシュウィークは4月25~28日に開かれます。
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