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EUの農薬削減目標に黄信号 環境当局が困難と指摘

欧州環境庁(EEA)は2023年4月26日、欧州連合(EU)に加盟する27カ国の農薬販売は高止まりしており、このままでは削減目標の達成は難しいとのリポートを公表しました。EUは2030年までに農薬の使用量を50%減らすという野心的な目標を掲げていますが、環境当局の指摘により、早くも黄信号がともった格好です。EU加盟国の間では、農薬規制を強化しすぎれば、農業生産が減少し、食料安全保障に悪影響を及ぼすとの慎重な見方も少なくありません。目標達成に向けて対策を強化するか、難しい判断を迫られそうです。

EUは2020年5月に発表した「Farm to Fork戦略」で、2030年までに農薬使用量を50%削減するほか、化学肥料使用量を20%削減、有機農業の栽培面積を全農地の25%に拡大するといった目標を打ち出しました。日本の農林水産省はEUに追随する形で、2021年5月に「みどりの食料システム戦略」を公表し、2050年までに農薬使用量を50%削減、有機農業を25%に拡大するといった目標を公表しました。EUの戦略が他国の農業政策にも影響を与えています。

EEAのリポートによると、EUに加盟する27カ国の農薬販売量は2011~20年の10年間、35万トン前後で推移してきました。高い収量を維持することを目的に多くの農薬が使用され続けているとEEAは指摘します。その後、EU統計局が今年5月10日に発表した2021年のEU27カ国の農薬販売量は35万5175トンと、前年比2.7%増えました。削減目標を打ち出しているのに、むしろ増えており、高止まりの傾向が鮮明になっています。

2021年の農薬販売量の内訳をみると、スペインが7万6173トンと最も多く、2位フランスが6万9444トン、3位イタリアが5万0177トン、4位ドイツが4万8712トンと続きました。上位4カ国で全体の3分の2以上を占めています。農薬の種類別では、殺菌剤が44%を占め、除草剤が34%、殺虫剤が14%となっています。

一方、2011年比の増減を見ると、ラトビアが85%増、オーストリアが68%増と大きく伸びています。これに対し、チェコが36%減、デンマークが35%減、ポルトガルが32%減、イタリアが29%減、ルーマニアが27%減となりました。加盟国によってばらつきが大きく、全体としては横ばいでありながら、かなり減らしている国もあれば、増え続けている国もあるのが現状です。

EEAのリポートは、「幅広い世界的なトレンドが欧州での農薬の使用やリスクに影響を及ぼす」と指摘した上で、気候変動によって農薬使用量が増加すると予測します。さらに、農薬使用の増加に伴って農薬が効かない雑草や害虫も増え、農薬使用がさらに増える悪循環に陥るとの懸念も示します。ロシアによるウクライナ侵攻の影響で農薬の価格は上昇したのに販売は減らなかったとして、農薬の使用を減らすには政治的な対応が重要だとの認識も示しています。

リポートは「農薬は生物にとって本来有害なものだ」と断じた上で、生物多様性への影響を指摘します。具体的には、昆虫や鳥類、コウモリ、ミミズ、水生植物、魚類、両生類などの減少につながっているということです。EUでは既に原則禁止となっているネオニコチノイド系農薬はミツバチなどの受粉媒介者やほ乳類、鳥類、コウモリに影響を及ぼし、販売を認められているグリホサートも食物網に影響を及ぼすとの研究結果があるということです。

さらに、果物や野菜などの残留農薬や飲料水、農作業着への付着を通じて人間が摂取すれば、人間の健康にも影響を及ぼすと警鐘を鳴らします。具体的には、農薬に暴露することで、非ホジキンリンパ腫や多発性骨髄腫などのがんのほか、神経疾患、心臓疾患、子供の発育障害、生殖能力への影響などとの関連が指摘されているということです。

リポートは、こうした問題を踏まえ、「Farm to Forkの目標を達成するには、EU当局や加盟国は追加的な対策が必要だ」と訴えます。第一歩として、リスク評価手続きは不十分だとして改善を求めています。個別の農薬だけでなく、複数の農薬を混ぜた場合のリスク評価などを行うよう提案しています。さらには、農薬の使用規制を一段と強化することも重要だということです。

農薬の使用を減らせば、短期的には作物の収穫や輸出が減少しかねないとしながらも、EUは現時点では主要農産物はほぼ自給できているとして、食料供給への影響は限定的との認識を示しています。反対に、これまで通りに農薬を大量に使用し続ければ、受粉媒介者の減少などにより、中長期的には食料安全保障にマイナスの影響を及ぼすと結論づけました。

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