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英国の食料安保は「おおむね安定」 9項目で現状分析

英政府は5月14日、食料安全保障指標(UK Food Security Index)を初めて公表しました。英国の食料安保に関し、「世界の食料供給」や「自国の食料自給」など国内外の状況を9項目に分けて現状を分析し、評価したものです。大半の項目が「おおむね安定している」との評価となり、全体としても「おおむね安定している」と結論付けました。複数の客観的なデータを基に、「現時点では英国の食料安保に大きな問題はない」との判断を示しており、ユニークな取り組みと言えそうです。
 
英政府は今後、毎年こうした評価を行い、公表していくとのことです。日本では、食料自給率が低いことをことさらあおるなど、一部の偏ったデータを基に「このままでは飢える」といった主張が少なくありません。英国では、客観的なデータを多く組み合わせ、食料安保を的確、冷静に判断しようとする姿勢がうかがわれ、日本よりかなり先を進んでいるように思えます。
 
食料安保指標を構成する9項目は、①世界の食料供給②穀物と大豆の国際取引のシェア③生産供給比率(=食料自給率)④農業の全要素生産性(TFP)⑤農業の土地利用⑥エネルギーと肥料の価格⑦企業投資⑧バイオセキュリティリスク⑨食料サプライチェーン関係者に対する消費者の信頼-となっています。食料自給率に加え、世界的な食料需給なども取り込み、国内外の幅広い観点から自国の食料安保を把握しようとしています。
 
各項目は5段階で評価しています。リスクが低い順から「リスクが大幅に減少している」「リスクがやや減少している」「おおむね安定している」「リスクがやや増加している」「リスクが大幅に増加している」となっています。
 
「世界の食料供給」については、1人、1日当たりの食料供給量をカロリーベースで評価しています。国連食糧農業機関(FAO)の最新のデータを使い、2020年から2021年にかけて、1人、1日当たりの食料供給量は19カロリー増加したとして、「おおむね安定している」と評価しました。「世界の食料供給は、安定して増加傾向にある」との見方も示しました。
 
「穀物と大豆の国際取引のシェア」は、文字通り、世界全体の穀物と大豆の生産量に占める貿易の割合を指します。食料輸出国では、余った農作物が輸出に振り向けられるため、貿易量が多いということは、世界的に食料供給が潤沢であることになります。
 
英政府は、米農務省(USDA)のデータを引用し、2023年から2024年にかけて穀物と大豆の国際取引のシェアは0.1ポイント下落したものの、「おおむね安定している」との評価を下しました。品目によってばらつきがあり、トウモロコシは0.7ポイント下落、コメは0.2ポイント下落、大麦は0.5ポイント下落、小麦は0.8ポイント下落、大豆は1.9ポイント下落したと指摘しました。ここ10年では横ばいかやや上昇傾向にあります。
 
「生産供給比率」は日本でおなじみの食料自給率ですが、2022年は生産額ベースで60%となり、「おおむね安定している」と評価しました。前年比1ポイント下落しましたが、ここ10年は60%前後で推移しています。「強固な(国内)生産が国際的な供給リスクを軽減し、強固な貿易が国内の供給リスクを軽減している」とも指摘し、国内生産と貿易を組み合わせて食料安保を強化しようという姿勢が見られます。
 
在来の農産物に限ると、自給率は73%との数値も示しています。これも前年比1ポイント下落しましたが、ここ10年は75%前後で推移しています。
 
品目別では、羊が107%、牛乳が105%、家禽が96%、穀物が92%、卵が90%、牛が87%、豚が69%、菜種が64%、ポテトが63%、テンサイが57%、野菜が55%、果物が17%-となっています。穀物や食肉、乳製品、卵は大半を自給しているものの、野菜や果物の自給率は低いとして、国内生産を増やす必要性を強調しています。
 
「農業の全要素生産性(TFP)」は、生産量に対する投入量の比率で、効率性を示す指標です。農業資材や労働力、土地などをどれだけ投入し、その結果、どれだけの農業生産を実現したかということなので、数値が大きいほど生産性が高いということになります。
 
2022年は、投入量が前年比3.3%減、生産量が0.1%減のとなった結果、TFPは3.4ポイント上昇の167.3%となりました。より少ない投入量で生産できたことになり、「リスクがやや低下した」と評価しました。
 
「農業の土地利用」は農地面積のことで、2023年の英国の農地は国土(1700万ヘクタール)の69.7%となりました。前年比2.3%減少しましたが、「おおむね安定している」と評価しています。
 
「エネルギーと肥料の価格」については、「リスクがやや低下した」と評価しました。肥料価格は2022年終わりのピーク時から半分に下落したものの、2022年初めに比べると50%も高いことや、エネルギー価格が高いことに懸念を示しています。
 
「企業投資」は、「Chained Volume Measures(CVM)」という手法を用い、食品業界の投資について分析し、2023年は「おおむね安定している」と評価しました。食品業界の投資は新型コロナウイルスに見舞われた2020年に急減した後、回復しつつあり、2023年は前年比5.7%上昇しました。
 
「バイオセキュリティリスク」は、家畜伝染病など動植物の病気のリスクで、「おおむね安定している」と評価しました。2022年には鳥インフルエンザなど542件の病気が報告されましたが、2023年は308件に減少しました。
 
「食料サプライチェーン関係者に対する消費者の信頼」は、各種の調査などを基に分析し、「おおむね安定している」と評価しました。高い信頼が得られれば、英国の食料システムは高い価値を得られると指摘しています。
 
以上を改めてまとめると、以下の通りとなります。
 
①    世界の食料供給 「おおむね安定」
②    穀物と大豆の国際取引のシェア 「おおむね安定」
③    生産供給比率(食料自給率) 「おおむね安定」
④    農業の全要素生産性(TFP) 「リスクがやや低下」
⑤    農業の土地利用 「おおむね安定」
⑥    エネルギーと肥料の価格 「リスクがやや低下」
⑦    企業投資 「おおむね安定」
⑧    バイオセキュリティリスク 「おおむね安定」
⑨    食料サプライチェーン関係者に対する消費者の信頼 「おおむね安定」
 
食料安保指標は、英首相官邸で開かれた「第2回ファーム・トゥー・フォーク・サミット」の中で公表されました。これを受け、スナク首相は、自給率が低い野菜や果物の海外依存を減らす必要性を表明しました。
 
この指標は、農業団体ナショナル・ファーマーズ・ユニオン(NFU)が設定を求めており、政府が要望に応じて今回公表したという経緯があります。NFUは声明で「大きな勝利を収めた」とアピールした上で、「重要なことは、われわれの国の食料安保で、国内生産が基本的な役割を維持するために、政府がこの指標にどう対応していくかだ」と注文を付けました。国内生産を増やすために、農家への支援を強化せよと言いたいようです。


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