ケイン事務所は、いつもこう

「ケイン事務所は、いつもこう」


ジャンル:コメディ


こちらは声劇を想定した台本になります。

よろしければお読みいただけると幸いです。


◆内容

寂れたマンションにあるケインなんでも事務所には、騒がしい4人の従業員がいる。

本日の依頼は、か弱い美少女から。彼女にはどうやら秘密があるらしく…?

多種多様な人間の織り成す、ドタバタコメディ!


◆登場人物

ミヤビ:坂城雅(さかしろみやび)20代前半の男性。ケインなんでも事務所の受付役。真面目でツッコミ役。正義感が強い。一人称は「僕」

ナイゼン:内全浩一郎(ないぜんこういちろう)40代の男性。ケインなんでも事務所の従業員で女好きのナンパ男。なぜか顔が広い。一人称は「私」

マリリカ:鉄凪マリリカ(てつなぎまりりか)30代の女性。ケインなんでも事務所の従業員。人妻でサバサバしている。怪しい機械を買うのが趣味。モデル体型。一人称は「あたし」

クライル:克龍院蔵要(かつりゅういんくらいる)20代後半の男性。ケインなんでも事務所の従業員。偉丈夫だが上品で紳士的。天然。一人称は「自分」

アスカネ:飛鳥音音(あすかねおと)10代後半。可憐な女性に見えるが、実は男性。今回の依頼者(お客さん)お淑やかで華奢。恥ずかしがり屋。Vチューバ―活動をしている。

テキーラ先生:アスカネに惚れている男性。傍若無人でアスカネを手に入れる事しか考えていない。



・声劇等で使用される際は作者名をどこかに表記またはどこかでご紹介下さい。作者への連絡は不要です。

・性別・人数・セリフの内容等変更可です。1人での朗読も可。また演者様の性別は問いません。

・自作発言はセリフの変更後でもお止めください。

・アドリブ可。好きに演じて下さいませ。


(以下本文)

****************************************************************************************************


ミヤビ:…えーと、報告されている経費は…(PC操作してる)


ナイゼン:(電話中)…君は勘違いをしている。アンナ、君は只の女性じゃない。流星だ。その煌びやかな姿に誘われた私は、愚かな惑星の一つだ…!


ミヤビ:家賃、通信費、水道光熱費…


ナイゼン:しかし、流星というのは一瞬で消滅するもの。その瞬間を、私は手放したくない!共に手を取り、共に堕ちる存在でありたい!そう願ってやまない!


ミヤビ:雑費、接待交際費、修繕費…


ナイゼン:そして、堕ちるなら場所を指定したい。そう、君の部屋だ…!そこで他の星に負けないくらいの、輝かしい夜を堪能しようじゃないか!


ミヤビ:……(イライラ)


ナイゼン:早速だけど今夜、その夜を開催したいと思うのだけど…え?ダメ?旦那が帰ってくる?なら私の部屋を使うといい!ムード満点なベッドを用意して待っているよ。なに、一晩の危険な逢瀬(おうせ)でも構わない。私は君の顔が見れるだけで、君の体に触れられるだけで…


ミヤビ:…うるさあああああああいィ!!


(間)


ナイゼン:あ、ごめん。後で掛けなおすね、愛しているよ…ちゅっ。…なんだねミヤビ君。人が電話してるときに


ミヤビ:ナイゼンさん!人が仕事してるときに人妻口説かないで下さい!しかも意味わかんない!鬱陶しいです!


ナイゼン:私は愛のためなら場所もその場にいる人の事も気にしない!


ミヤビ:気にしろ!ここは仕事場なんです!勤務時間内なんです!


ナイゼン:いいじゃないか、どうせこの「ケインなんでも事務所」には、いつも通り依頼なんて来てないんだし


ミヤビ:だったらこの前作ったビラを配りに行くとかあるでしょ!?


ナイゼン:あー…君ねえ、今時ビラなんて効果あると思う?それにこのビラ、なんというか、個性的なデザインというか…


ミヤビ:僕の描いた絵に何か不満が!?


ナイゼン:いや、無いです。全然…


ミヤビ:とにかく、これからお客様も来るんですから、変な電話する前に掃除するとかあるでしょ?


ナイゼン:お客?珍しいね、このなんでも屋に。で、来るのは男?女?できれば美人がいいなあ


ミヤビ:いきなりそこですか…。ええと…


クライル:…今戻った。


ミヤビ:あ、クライルさん、おかえりなさい


ナイゼン:おかえりー


クライル:ああ、ナイゼンは不倫をけしかけていた後か?


ナイゼン:何で知ってるの!?ひょっとして今のやりとり見てたの!?


クライル:いや、スマホを握りしめているから、通話していたのかと


ナイゼン:だとしても不倫までは見抜ける訳ないよね!?私ってそんなに分かりやすいキャラしてる!?


ミヤビ:その前に不倫をするのは、どうかと思いますよ…?あ、そうだクライルさん


クライル:何だ?


ミヤビ:経費にあった包帯代って、何に使ったんですか?まさかまた喧嘩したんじゃないでしょうね?


クライル:それは…すまない。街で少年に金銭をせびる暴漢(ぼうかん)がいたので、やむを得ず手を出してしまったのだが…思いの外やり過ぎてしまってね。一応、応急処置(おうきゅうしょち)ということで包帯を使わせてもらった


ミヤビ:殴った相手に使ったんですか…。クライルさん優しいですね。でも、これからは注意してください


クライル:すまない、以後気を付ける。


ナイゼン:ちょっと?私の時と態度が全然違うよ?


クライル:それからこれ、頼まれていたものだ。プリンターのインクとサンドイッチ


ミヤビ:ありがとうございます。あ、レシートもこちらに


クライル:これから昼食か?忙しいな


ナイゼン:こんな閑古鳥(かんこどり)の鳴く、寂れ果てた(さびれはてた)なんでも屋で、ご苦労な事だね


ミヤビ:仕事ならあります!このケインなんでも事務所を知ってもらうための宣伝だったり、事務だったり、経費の整理だったり…


クライル:宣伝というか、ビラ配りなら少ししてきた。しかし、まあ、ビラの絵が独創的なのか、受け取った人はいぶかしげな目をしていたが…


ミヤビ:僕の描いた絵に何か不満が!?


クライル:いや、無い…済まない。デザインの担当を押し付けたのは我々だ


ナイゼン:それであんな傑作(けっさく)が生まれるとは思わなかったがね


ミヤビ:ナイゼンさんの領収書は全て破棄する事にしました


ナイゼン:ウソウソウソ!素晴らしい力作だよ、この中央に鎮座(ちんざ)している象とか


ミヤビ:それは象ではなくナイゼンさんです


ナイゼン:私!?この巨体、私!?


クライル:では、もしかして右側でポーズをとってる鹿は


ミヤビ:…クライルさんです


マリリカ:じゃあ、上の方で羽広げてるプテラノドンみたいなのは?


ミヤビ:それはマリリカさん…ってうわあ!起きてたんですかマリリカさん!


マリリカ:あんた達が騒がしくて起きちゃったわよ。せっかく奥で寝てたのに


ナイゼン:職場で熟睡とはいいご身分だな


ミヤビ:職場で人妻誘っていた人が言いますか…


マリリカ:しょうがないでしょ、愛する娘と旦那のお弁当作るために今朝5時起きだったんだから。少しくらい大目に見てよ


クライル:そういうのは使用人が行うのではないのか?


マリリカ:使用人って。クライルちゃんみたいなお金持ちと一緒にしないで。庶民はなんでも自分でやるの


ナイゼン:とか何とか言って、本当はコンビニ弁当を弁当箱に入れ替えただけじゃないのか?


マリリカ:相変わらず突っかかってくるわねナイゼン。器の小ささが見て取れるわよ?


ナイゼン:気にしないでくれたまえ。器の小さい男のただの戯言(ざれごと)だ


マリリカ:あーやだやだ、陰気でしつこい男の空気はいやだわー。ジメジメしてイヤーンだわー


ナイゼン:なんだと!?


マリリカ:なによ!?


(ナイゼンとマリリカが唸り、睨み合う)


ミヤビ:はいそこまで!二人とも顔を合わせるなり喧嘩しないで下さい!


マリリカ:邪魔しないでミヤビちゃん!今日こそ奴のケツにこの「電流の流れるシャーペン」を突き刺して、分からせてやるんだから!


ナイゼン:ミヤビ君!こんな凶暴な「電流の流れるシャーペン」の使い方をする女が、ここに居ていいと思うか?即刻クビにすべきだ!


ミヤビ:あーもう二人揃って騒がないで下さい!僕に雇用をどうにかする権利はありませんし、お尻にシャーペン刺したらとんでもない事になります!やめなさい!


クライル:シャーペンには尻に突き刺すという使い方もあるのか?


ミヤビ:あるわけないでしょ!?クライルさん、このタイミングで天然出さないで下さい!……はーぁ…これから、お客様も来るんですから、大人しくしてください!


ナイゼン:その割にはどっと疲れているようだが


ミヤビ:あなた達のせいでしょ!とりあえず、簡単な掃除でもしておかないと


マリリカ:なーに、してないの、掃除。どうせナイゼンが人妻口説いて掃除サボってたんでしょ


ナイゼン:なんでみんな不倫とか口説いてるとか見抜けるの!?私には掃除より大切な使命があったというだけだ!


マリリカ:はい寒い寒い。いい年して使命とか言っちゃってる所が寒すぎて北海道冬景色だわ


クライル:自分の家に連絡すれば、メイド達が全てやってくれるが?


ミヤビ:大丈夫です結構です!とりあえず掃除機をかけて…


(コンコン)


ミヤビ:あっ、来た…?


マリリカ:(扉の向こうに)はーい、ちょっと待ってくださいねえー


クライル:3人とも、身だしなみを整えたまえ


マリリカ:ハイハイ。…じゃ、ドア開けるわよー


アスカネ:…あのー…、ケインなんでも事務所というのは、こちらで合っていますでしょうか…?


ミヤビ:あ、はい!いらっしゃいませ、ようこそケインなんでも事務所へ!私は坂城(さかしろ)ミヤビと申します


マリリカ:私は鉄凪マリリカ(てつなぎまりりか)


クライル:克龍院蔵要(かつりゅういんくらいる)です。以後お見知りおきを


ナイゼン:内全浩一郎(ないぜんこういちろう)です…ッ!?(何かに気付く)


アスカネ:あ、はい…よろしくお願いします


ミヤビ:とりあえず、こちらのソファにどうぞ


マリリカ:ボロボロのソファだけどね


ミヤビ:マリリカさん余計な事言わないで!はは、すみません、応急処置はしているので


アスカネ:いえ、お気遣いなく…


ミヤビ:まったく、ナイゼンさんが修復担当なのに…あれ?ナイゼンさん?ナイゼンさんは?


ナイゼン:さあ、お手をどうぞ、麗しきレディ。私が案内役を務めましょう。さしずめ私は貴方を守る白銀のナイト。どうぞ頼ってください


マリリカ:もう狙ってる


ミヤビ:ちょっとナイゼンさん!ソファは部屋の端に、見える場所にあるんですから案内いらないでしょ!恥ずかしい事しないで!


ナイゼン:愛とは、時に恥をかいてでも勝ち取らなければならないものだ!


ミヤビ:胸張って宣言するな!いいからその手を引っ込めて!…さ、アスカネさん、こちらへ


アスカネ:あ、はい、失礼します…


ミヤビ:クライルさん、お客様の隣に座ろうとしているナイゼンさん抑えてて


クライル:承知した。ナイゼン、いい加減発情するのを止めるんだ


ナイゼン:なっ!?いいじゃないか隣に座るくらい!私には美女の空気を味わう権利がある!


マリリカ:はい大人しくしてー。うるさいのが続くと、このマリリカさん特製スタンガンをどてっ腹に殴り入れるわよー


ナイゼン:殴り入れるって何!?同僚に向かって武器を向けるな!


ミヤビ:しーずーかーにー!お客様の話聞こえないからー!…あ、すみません、どうぞ腰かけて下さい


アスカネ:…はい。失礼します


クライル:…神妙(しんみょう)な面持ち、という感じだな


マリリカ:ま、こんな所まで来たんだもの。何かあって当然よねぇ


ナイゼン:可哀そうなレディ。出来るならこの胸で温めてあげたい…


マリリカ:ふんっ!


ナイゼン:危ッ!?スタンガンを鈍器として扱うな!


ミヤビ:ゴホンッ!ゴホンゴホン!…さ、改めてお名前から伺ってもよろしいですか?


アスカネ:あ、はい。飛鳥音音(あすかね おと)と申します。その…


ミヤビ:遠慮することはございません。このケインなんでも事務所は、名前の通り「なんでも」依頼を受ける事務所です。さ、何があったのか話してください


アスカネ:は、はい…えと…その…


マリリカ:(アスカネの様子を見て)…にしても、よくこんな薄汚れた事務所を頼ろうと思ったわねえ


アスカネ:え?


マリリカ:だって、どうやって知ったの?って感じじゃない?あの半壊してる看板見て「ここに入ろー」とは思わないでしょ


アスカネ:そ、それは、チラシを見て…


マリリカ:チラシ?あの独創的なチラシを見て?


ミヤビ:マリリカさん…(怒)


アスカネ:えと、あのイラストを見て、楽しそうな雰囲気(ふんいき)だなって思って、それで…


ミヤビ:楽しそう…そんなつもりで描いたわけじゃないんですけど…


アスカネ:それに、真ん中にいる怪獣がとっても可愛くて


ミヤビ:それは、ナイゼンさんで、人間です…


ナイゼン:可愛いなんて、ハハ、照れるなあ。じゃあ、これから可愛いところ以外の面も見せたいな…?


マリリカ:(無視して)へえ、変わった観点ねえ。ちなみに上に飛んでるのが私なんだって。なんで翼生えてんのよって話よねえ


ミヤビ:それは、マリリカさん色んな怪しい機械持ってるから、空飛ぶ機械があってもおかしくないのかなって


マリリカ:ミヤビちゃん、あたしの事なんだと思ってるの?


アスカネ:ふふふ…


ミヤビ:あ…


クライル:笑った…


アスカネ:あ…すみません!


マリリカ:いいのよ。今の話だってアスカネちゃんに肩の力抜いてもらおうと思って話したんだから


アスカネ:あ…


ミヤビ:マリリカさん…。ていうか依頼者の事を、ちゃん呼びしないで下さい


マリリカ:いいじゃないの、相手も嫌がってないようだし


アスカネ:あ…はい、嫌じゃないです、ちゃん呼び


マリリカ:ほらね


ミヤビ:まあ、ならいいですけど…では、改めてお話伺ってもよろしいですか?


アスカネ:はい。…あ、この話はここだけの内緒って事でお願いします


ミヤビ:分かりました


クライル:安心してください。チラシにも書いた通り、守秘義務は守ります


アスカネ:…お願いします


ナイゼン:で、どういった依頼かな?可愛いレディ


アスカネ:あの…私、実はVチューバ―をしておりまして


マリリカ:Vチューバ―?


クライル:なんでしょうか、それは?


ミヤビ:ユアチューブっていう動画共有プラットフォームで、イラストや3Dのアバターを使って配信をしているユアチューバ―の事です


クライル:アバター…分身かね


ミヤビ:はい、電子上の…ネットで使う肉体のようなものです。で、ユアチューバ―は自分の顔を出して配信しますが、Vチューバ―は顔を出さず、画面に出したキャラクターになりきって配信をするんです


クライル:? 何故、自分の顔を出さないんだ?


ミヤビ:それは…理由は色々あります。イラストの方が受けがいいとか、自分の顔に自信がないとか、恥ずかしいとか


ナイゼン:な!アスカネさんはこんなにも可愛い容姿をしているじゃないか!自信もって大丈夫だよ、アスカネさん!ね!


マリリカ:はいオヤジ黙れ。それで、アスカネちゃんはそのVチューバ―活動で、何が相談したいの?


アスカネ:は、はい…私「電脳寺キラキラ(でんのうじきらきら)」って名前で活動してるんですけど


ナイゼン:電脳寺キラキラ…ふむ…このアカウントかね?…チャンネル登録者数が、50万人!?


クライル:凄いのか?


ミヤビ:凄いですよ!50万人と言えば、配信だけで生活できるぐらい稼げると言われています!


アスカネ:あ、あの…あの…


マリリカ:ハイハイ、本人の前で下世話な話しないの。アスカネちゃんが困ってるでしょ?


ミヤビ:あ、すみません


アスカネ:そ、その…「キラキラ」には熱心なファンも付いてきてて…それで、その、熱心過ぎる人も出てきたというか…


クライル:ストーカー、ですか?


アスカネ:…!


マリリカ:クライルちゃん、鋭く突くわね


クライル:以前も同じような依頼があったからな


アスカネ:す、ストーカーかどうかは分からないんですけど、その、「テキーラ先生」って名前の方なんですけど、「君の素顔を知っている」とか「今日は買い物に出かけたんだね」とかコメントしてきて、ちょっと気味悪くて


ミヤビ:そりゃ十中八九、ですね。アスカネさんが嫌がっているだけで十分有罪です


アスカネ:でも、その、おかしいんです。私「テキーラ先生」の事、とても気になっちゃって


マリリカ:当たり前でしょ、そんな気持ち悪い奴。気にならない方がおかしいっての


アスカネ:そ、そうじゃなくて。起きるたびに、好意みたいなのが大きくなってるんです


クライル:好意?好きって事ですか?


アスカネ:はい。嫌だなって気持ちと、好きかもって気持ちが私の中に一緒にあって、気持ち悪くて、おかしくなりそうで…


ナイゼン:分かる分かる。恋ってのは好きと嫌いが押し合って出来てるものだよ。まるで、おしくらまんじゅうみたいにね。できればその恋心、この内全浩一郎(ないぜん こういちろう)に…


マリリカ:(遮る)ちょっと待って。今、起きるたびに、って言わなかった?


ミヤビ:あ、言ってましたね


アスカネ:は、はい。朝起きるたびに好きって気持ちの方が強くなってて…


クライル:何か、心当たりがあるのか、マリリカ?


マリリカ:…。


ミヤビ:マリリカさん?


マリリカ:…アスカネちゃん。心して聞いてくれる?


アスカネ:は…はい


マリリカ:さっきの「テキーラ先生」のコメントから、恐らくアスカネちゃんの家は割れてて、盗聴か盗撮か、されてると思う


アスカネ:う…あ、はい。もしかしたらそうなのかも、って思ってました。でも、なら気持ちの方はどうして…


マリリカ:睡眠学習って、知ってる?


アスカネ:え…?


ミヤビ:なんです急に?睡眠学習?


マリリカ:文字通り睡眠中に英語とか、憶えたい事を流すことによって脳に学習させるって勉強法よ


クライル:ああ。だがそれはデマカセなのではなかったか?


マリリカ:昔はね。でも最近になって、改修された新しい睡眠学習装置が裏の世界で出回ったの


ミヤビ:裏の世界…ですか


マリリカ:ブラックマーケットとかね。珍しい機械が出品してたりして。あたし機械いじりが好きだから時々覗いてるの。で、その時ちらっと噂に聞いたのが、「アガタ式睡眠兵器E44」


アスカネ:へ、兵器…!?


マリリカ:この「アガタ式睡眠兵器E44」には特殊な音波が放出されて、寝ている相手にその音波を向けると、感情を操作する事ができるんですって


ミヤビ:それって…


マリリカ:噂では怒りを増幅させたり、ネガティブな感情を起こさせたり…って謳い文句だったんだけど、好意まで操作できるみたいね、それ


クライル:それが本当だとすると、おぞましいな


ナイゼン:まったくだ。機械なんぞに頼って何が面白いんだか


マリリカ:それに、果ては相手を廃人にすることも可能…なんだってさ。その装置


ミヤビ:廃人って、そこまで影響するんですか…!?


アスカネ:…!


マリリカ:アスカネちゃん、怖がらせてごめんなさい。でも大丈夫。装置があるなら排除すればいい話だから


ミヤビ:そうですね。アスカネさん、今からあなたの家に行ってもいいですか?


アスカネ:えっ


ナイゼン:ちょちょおっと、ミヤビ君!?いきなり女性の部屋に押し入ろうなんて、何をする気なんだね!?私も混ぜろ!


ミヤビ:違います!アスカネさんの部屋に装置がないか探すんです!


マリリカ:そうね、装置があるかどうか今は確証ないんだし。ならあたしもついていくわ。「アガタ式睡眠兵器E44」の事は、あたしも見たことないけど、それらしい物は見分けられるんじゃないかしら


アスカネ:は…はい、分かりました。ご案内します


ナイゼン:なら私も…


クライル:なら自分はナイゼンと装置の出所(でどころ)を探ろう。ブラックマーケットとなると望み薄だが、何もしないよりマシだろう


ナイゼン:ええーー!?男二人で?ヤダヤダ、私もアスカネちゃんとアスカネちゃんのおうち行きたい!


クライル:いうことを聞けナイゼン。この仕事は君の驚異的な顔の広さが役立つはずだ。頼む


ナイゼン:うう…分かったよ。このナイゼン、必ずやアスカネさんのお役に立ちましょう…!


ミヤビ:じゃあ、行動開始!(手を叩く)アスカネさん、お願いします!


アスカネ:はい、分かりました…!私の家は西地区です


マリリカ:ブラックマーケットは…


ナイゼン:知っている。ベイサイド・ベーカリーの裏が入口だろう


クライル:さすがだな


ナイゼン:それくらい朝飯前だ。なんならその周辺のセクシーな奥様たちの番号だって頭に…


ミヤビ:セクシーな奥様の事はいいんで出所の方頼みます


(皆が事務所から出ていく)


(間)


(ピッキングで鍵が外れる音)


テキーラ先生:……………(こっそり事務所に入ってくる)。

はぁ、はぁ…ヘアピンで開けられるドアなんて、セキュリティがしっかりしてないんじゃないか?へへっ

しかし…くそっ。「アガタ式睡眠兵器」の事がバレてしまうなんて、ボロい事務所のクセに情報通がいるじゃねえか。

高い買い物だったのに、絶対にバレないって店主のオヤジも言ってたのに、畜生…!

でもよかった、悪い予感がしたんだ。ついでに盗聴器を鞄にも仕掛けておいたんだ。役に立ったな。

変なビルに入っていくかと思って、聴いてみたら…くそっ、余計な事するなっての。

しかし…どうするか。

僕たちの邪魔をするなんて、やっぱり許しておけない。罰を与えなければな…

まずは金庫だな。玄関があんなにザルだったんだ。金庫だって楽勝で開けられるだろ。お、これだな…


(電気の罠)


テキーラ先生:あばばばばババババババ!!!!


マリリカ:(録音)空巣を狙う馬鹿野郎に告ぐ。この電気ショックをこれ以上受けたくなければ、全財産をあたしのお財布に入れなさい。


テキーラ先生:な、なんで金庫触っただけで電流が!?それも凄く強かったぞ!どういう作りしてんだ?

罠って事か…?ちっ…金庫は諦めよう。次はパソコンでも覗こうか…この中に弱みを握れる情報があるかもしれ…


(電気の罠)


テキーラ先生:ばばばべべベベベベベ!!!!


マリリカ:(録音)情報を盗もうとしたクソ野郎に告ぐ。この電気ショックを受けたくなければあたしに合計300万のフルスペックパソコンをプレゼントしなさい


テキーラ先生:なんでパソコンにも電流が!?高圧電流でパソコン壊れるんじゃないのか!?ていうかさっきミヤビって奴が使ってただろ!

…なんだか怖くなってきた。ここは一旦帰って、体制を立て直そう…!玄関…!


(電気の罠)


テキーラ先生:ぶぶぶビャビャビャビャ!!!!


マリリカ:(録音)なんでこんな事務所に入ったか分からない不審者に告ぐ。この電気ショックを受けてそのまま焼き豚におなりなさい


テキーラ先生:ど、ドアノブにも電流が!入ってくる時には何もなかったのに!

もうヤダ、なにここ怖い!この部屋の何もかもに電流が走っているようで怖い!

どこかに逃げなければ…でも玄関はダメだし、ここ3階だから窓から出るのは無理だし、あああ、どうするどうする…?

はっ、ロッカー!

(そーっと触って確認する)…!よかった、ここには電流ながれてない!ここに隠れて、奴らが帰ってきたら奇襲しよう!よっと…

ああ、皮膚がヒリヒリする…


(間)


ナイゼン:ただいまー


クライル:おや、自分達の方が先に戻っていたか


ナイゼン:なーんだよー。またアスカネさんの可愛い顔が拝めると思ったのにー


テキーラ先生:(小声)なんであいつらは無事なんだよ!?もしかして生体認証とかあるのか!?こんなオンボロ事務所に!


クライル:しかし、さすがだなナイゼン。睡眠兵器の出所を、あんなに早く探し当てるとは


ナイゼン:まあ、そういった怪しいモンを扱ってる店は、いくつかに絞られるからね。それにあの店主は過去に「アガタ式」のおもちゃを出品していた事もあったし


クライル:ナイゼンが詰め寄ったら、簡単に顧客情報を吐いたな。売ったのは30代ほどの男性、身長160くらい、猫背で長い前髪で目が隠れている、か。


テキーラ先生:(小声)げっ!あの店主、僕の事バラしちまったのか!?客の情報流すとか何考えてんだ!


ナイゼン:それだけの情報じゃ、どこにでもいる怪しい男性だがね。


クライル:何故、店主はあんなに簡単に吐露したんだ?


ナイゼン:偶然にも、そのマーケットを潰すほどの「弱み」を持っていたからね。奴だってモノを売る場所が無ければ困るだろう


クライル:弱み、か。恐らく、警察をマーケットに踏み込ませるような…


ナイゼン:おーっと、野暮な詮索は止めといたほうがいいよ?克龍院(かつりゅういん)財閥だって万能じゃないんだ、柱の一つでも消えてしまえば、その土台も、その上にある城も、たちまち崩れてしまうかもしれないだろう?


クライル:…肝に銘じておく


テキーラ先生:(小声)なんだあいつ、さっきはふざけた態度とってたのに、やけに怖いじゃねえか…


ナイゼン:はい、いい子。にしても暇になっちゃったなあ。アスカネさん達が戻ってくるまで待機かぁ。あのババアは戻ってこなくてもいいけど


クライル:ナイゼン…なぜあんなにマリリカと仲が悪いんだ?


テキーラ先生:(小声)あいつババアって言葉で、あのマリリカって奴の事言い当てたぞ


ナイゼン:何故って…そうだな、例えるなら水と油、北風と太陽、月とスッポンのような…


テキーラ先生(小声)あいつ適当な事言ってないか?


クライル:――――シッ!


ナイゼン:…え、なに?


クライル:…ナイゼン、自分の後ろに移動してくれ


ナイゼン:え、そのロッカーがどうかしたの?その中にはミヤビ君の荷物が入ってるんじゃないかな


クライル:先手必勝という奴だ


ナイゼン:せんて…?


クライル:…少々、荒っぽく行くぞ


ナイゼン:え?何?空手?構えなんて取ってどったの?


クライル:…克龍院流武術・胴砕き(かつりゅういんりゅうぶじゅつ・どうくだき)!カアアァッ!!


(ロッカーを潰す正拳突きの大きな音)


ナイゼン:…あら――――。どうしたの急に、ロッカーに八つ当たり?


クライル:ふう…そうではない


ナイゼン:だってこれ、ロッカー「く」の字に曲がっちゃったよ?これミヤビ君が見たら「うわーーーーー!!!!」って絶叫するよ、きっと…


ミヤビ:うわあーーーーーーーーーッ!!!!


ナイゼン:…ほらね


ミヤビ:なんですかこれ!どうしたんですかコレ!なんで僕のロッカーが、「く」の字にお辞儀しちゃってるんですか!?めちゃめちゃ拉げてる(ひしゃげてる)じゃないですか!


クライル:すまない、ロッカーは弁償する。


ミヤビ:当然です!じゃなくて、なんでこんな事したのかを…


クライル:それは、この中を見てくれ


ミヤビ:中…?


クライル:ふんっ!


ミヤビ:ああっ!ロッカーの扉がランナーにくっついてるプラモデルの部品みたいに簡単に取れた!もう壊れてるからしょうがないけど…!って、あれ?


テキーラ先生:(気絶)ぐ、ぐえふ、ぐ…


ミヤビ:だ、誰ですか、この人…?


クライル:わからない。ただ不審なのは確かだ。ロッカーに隠れていたのだからな。今のうちに拘束しよう


ミヤビ:は、はい!


マリリカ:じゃあ、これ使いましょうよ~?


ミヤビ:…なんですか、その中華鍋みたいなの


マリリカ:かぶるタイプの、電流が流れるウソ発見器


ミヤビ:しまってください


(間)


テキーラ先生:…はっ!いつの間にか寝てたのか…!?


マリリカ:おはよう、不審者くん


テキーラ先生:なっ、なんだお前!?んっ、あれっ、腕が固定されてる!?


マリリカ:あなたの腕を結束バンドで拘束させてもらったわ。ま、そんな事しなくても、うちにはクライルちゃんがいるから平気なんだけどね


クライル:うむ、有事の際は頼ってくれたまえ


テキーラ先生:ヒッ!


マリリカ:ホントは後ろ手にして拘束しようって言ったんだけどね。ま、アスカネちゃんが痛いだろうからって。感謝しなさい


アスカネ:…あ、その、いえ…


テキーラ先生:き…キラキラちゃん!


ナイゼン:おっと、衝動に任せて下手な事しないほうがいいよ?このまま警察に引き渡してもいいんだけどね。麗しのアスカネさんがどうしても話を聞きたいっていうから


ミヤビ:教えてください。あなたが、テキーラ先生なんですか?


マリリカ:正直に言った方がいいわよ。でないとクライルちゃんの空手が炸裂するかもね


クライル:空手ではない、克龍院流武術(かつりゅういんりゅうぶじゅつ)だ。技は計108つある


ミヤビ:煩悩とおんなじ数なんだ


テキーラ先生:う、ぐ、そうだ…僕がテキーラ先生だ


マリリカ:ストーカーの、が抜けてるわよ


アスカネ:…っ!


ミヤビ:マリリカさん


マリリカ:本当の事でしょうよ


アスカネ:あ、あの…!


テキーラ先生:あ、キラキラちゃん、これは…


アスカネ:どうしてこんな事したんですか?


テキーラ先生:こんな、事…


(間)


ミヤビ:アスカネさんの部屋で、こんなものを見つけました。


クライル:ん…?なんだねそれは?小さい機械のようだが…?


ミヤビ:これが「アガタ式催眠兵器E44」なんだそうです。コンセントの裏に隠されていました


ナイゼン:ほう、これが。こんなに小さいとは。よく見つけられたねえ


ミヤビ:それは、マリリカさんが変なフライパンみたいな機械を使って探し当ててくれました


マリリカ:フライパンじゃない、盗聴器探知機よ!失礼しちゃうわ!こうやって縦に持って盗聴器のいる方角にかざすと、音を立てて知らせてくれるんだから!


ミヤビ:すっごいうるさかった…


アスカネ:ええ…フライパンを目覚まし時計に改造したら、あんな音がするんだろうなってうるささでした


ナイゼン:おいおい、機械の発明もいいが、迷惑の掛からないものにしてくれよ?騒音で訴えられたらたまったもんじゃない


クライル:それは…同意する


マリリカ:な…なによ皆して!いいじゃない睡眠兵器みつかったんだから!結果オーライよ!それに音が大きい方が派手でいいでしょうが!


ミヤビ:派手って…


ナイゼン:君はもう少し落ち着きを取り入れた方がいいんじゃないか?


マリリカ:うっさい!余計なお世話よ!…で、話を戻すけど、調べたところ、この「アガタ式睡眠兵器」は盗聴器とセットになっているの。だから探知機でも見つけられたのね


クライル:盗聴器と?何のためにだ?


マリリカ:睡眠中に音波を流すといっても、相手が寝ていないと意味ないでしょう?だから相手が寝ているか確認するために盗聴器が付いてるって訳


ミヤビ:毎晩…かどうかは分かりませんが、盗聴器が受信できる範囲に来て、しばらく生活音を聞いて、寝息など聞いて寝静まったのを確認した後、睡眠兵器を作動させるんです


ナイゼン:それは…執念が凄いが、ゲスいな


クライル:うむ。かよわい女性がそんなことをされていると気づけば、恐怖するだろう


アスカネ:あ…僕は…


ナイゼン:僕?アスカネさん、実は僕っ子だったんだね!そういうギャップもいいと思うよ!できれば別のギャップも、このナイゼンの胸の中で披露して…


テキーラ先生:うるせーーーー!!!!


(間)


マリリカ:…ほら、ナイゼンが気持ち悪い事言うからキレちゃった


ナイゼン:違うね、マリリカの機械が素っ頓狂(すっとんきょう)だから怒り出したんだ


テキーラ先生:どっちも違う!勝手にヒトの手の内を明かしてる事に腹を立てたんだ!


クライル:ということは…正解か


テキーラ先生:そうだよその通りだよ!だってキラキラちゃんは人気者だ!ぼーっとしてたら他の悪い奴に取られるかもしれない!彼女を僕のモノにするためなら汚い手だって使ってやるさ!ああ、そうだ、これは僕たちが一緒になるためには必要な事だったんだ!


マリリカ:うわぁ、ストーカー魂胆(こんたん)全開


アスカネ:一緒にって…私はそんなの望んでません!


テキーラ先生:そんなことは無い!キラキラちゃんだって本当は僕と一緒になりたいって思ってるはずだ!キラキラちゃんは、ここに居る奴らに騙されてるんだよ!さあ、早くその変装を脱いで!


アスカネ:変装…?


テキーラ先生:そう、今の姿も可愛いと思うけどさ!いつものキラキラちゃんに戻ってよ!金髪のツインテールにチャイナドレスを着た、あの姿に!


クライル:…彼は何を言っているんだ?


ミヤビ:今のは…「電脳寺キラキラ」の容姿ですね。どうやら今が仮の姿で、本当は電脳寺キラキラの姿をしていると勘違いしているのでしょう


マリリカ:キモーイ


ナイゼン:チャイナ姿のアスカネさんか…きっとスリットが深く入って…おっふぉ、なかなかに良いじゃないか


マリリカ:クライルちゃん、ナイゼンのアホ脳みそが故障したみたいだから、窓から投げ捨てて


クライル:承知した


ナイゼン:承知しないで!?


テキーラ先生:無視すんなぁーーーー!!こいつら、ふざけやがって…ふんっ!


アスカネ:きゃっ!


ミヤビ:結束バンドが、切れた!?どうして!?


テキーラ先生:へへっ、結束バンドはなあ、思いっきり腹に叩きつけると切れるように出来てんだよ!さあ…キラキラちゃん!


アスカネ:きゃっ…痛い!


テキーラ先生:これで…(アスカネを引き寄せる)どうだ!くくく、人質ってやつだ!


ナイゼン:あいつ…!机にあった安物のカッターナイフをアスカネさんに突き付けて!


ミヤビ:「安物」要らなくないですか?どうせウチの事務所はお金がないですよ


マリリカ:しまった…やっぱり「電流が流れるウソ発見器」をかぶせておくんだったわ!


クライル:それはマリリカが発明品を使いたいだけだろう?


テキーラ先生:お前らマイペースを崩せよ!…まあいい、キラキラちゃん、ごめんね?少しの辛抱だから


アスカネ:ひっ…怖い…!


マリリカ:アスカネちゃん、怖がることないわよ!あんた、こんな事してどうするつもり?ここに逃げ場なんてないわよ!それとも後先考えずの行動って事?


テキーラ先生:う、うるさい!いいから道を開けろ!こっちだってキラキラちゃんを傷つけたくないんだ!


ミヤビ:言ってることが破綻してる


テキーラ先生:…いや、ここは悲鳴を楽しむのもアリかな?ねえ、キラキラちゃん?


アスカネ:きゃああああっ!


クライル:待て


テキーラ先生:ああ?


クライル:女性に対しその暴挙…許されることでは無い


テキーラ先生:だったら何なんだよ!その距離でカッターが刺さる前に、ここまで来れるのか!?無理だろうが!


アスカネ:嫌っ…嫌あ!


クライル:出来る


テキーラ先生:あ…?


クライル:自分の全身全霊を賭ければ、貴様の凶刃が彼女に触れる前に、無力化する事が…出来る


アスカネ:く、クライルさん…


テキーラ先生:てめえ…アニメみたいな事言ってんじゃねえぞ!やれるものならやって…(振りかぶる)


クライル:シッ……!


テキーラ先生:……は?え?腕を、掴まれた?


クライル:…シューーーー…(息を深く吐いている)…分かったかね?これが克龍院流武術・縮地(しゅくち)だ。アスカネさんを離したまえ


アスカネ:クライルさん…!


テキーラ先生:いて、痛え!腕が…!分かった、離す…!


アスカネ:きゃっ…!


クライル:うむ、確かに。…そしてこれは、怒りを鎮めるための私の分だ!


テキーラ:ぐはっ…!!がは…!


ナイゼン:おーおー、相変わらず人間離れしているねえ。今のパンチ、重そうだ


マリリカ:言ったでしょ、怖がらなくていいって。こっちには人間兵器がいるんだから


ミヤビ:アスカネさん、大丈夫ですか?さ、こっちへ


アスカネ:はい…!


テキーラ先生:ぐっ、はっ、畜生…!


クライル:もう喋れるか。回復の速さは大したものだ。だが…!


テキーラ先生:ま、まて!分かった!降参する!警察にも出頭する!


クライル:ふむ…もし、またさっきのように、彼女に危害を加える場合、この程度では済まさん。分かったな?


テキーラ先生:わ、分かった。もう彼女には近づかない!


アスカネ:…待ってください!


ミヤビ:アスカネさん?あ、近づいたら駄目ですよ!


クライル:安心したまえ、私が間に入ろう


テキーラ先生:き、キラキラちゃん…


アスカネ:あの…罪を償って、反省して、戻ってきたとき、また僕の配信に来てくれますか?


テキーラ先生:え…!?


クライル:いいのですか?


アスカネ:ええ。今回みたいなのは怖いので、嫌ですけど…もうしないっていうなら。だって、折角できた縁ですもん。無くなるのは、ちょっと寂しいかなって…


ミヤビ:アスカネさん…


テキーラ先生:…いいのかい?


アスカネ:はい、そちらが良ければ、ですけど


テキーラ先生:…うん、絶対行くよ!ちゃんと罪を償って、配信見にいくからね!


アスカネ:はい!


マリリカ:…えー?それはちょっと違うっていうかー?


アスカネ:え?


ミヤビ:マリリカさん!今いい空気なんだから!


マリリカ:アスカネちゃん、今の発言、撤回した方がいいわよ?


アスカネ:そ、そうでしょうか


マリリカ:こういうタイプ…っていうか男全体に言える事だけど、少しでも優しくされたら「あれ?こいつ俺に気があるんじゃね?」って勘違いする生き物だから。馬鹿だから。全然学ばない脳ミソしてるから


ナイゼン:なっ、そんなことは無いぞぉ―!確かに、夜のお店のおねーちゃんとかに優しくされると、ふらっと気が揺らいでしまうけれども!


マリリカ:それにね、こいつ、いま優しくされて「あれ?俺にもまだチャンスあるんじゃね?」って勘違いしてるから


テキーラ先生:そ、そんなことは無い!


マリリカ:だからね、アスカネちゃん。こういうのはキッパリ「無理でーす」って言ってあげた方がいいの!でないとまた馬鹿になって湧いてくるかもしれないし!


アスカネ:あ、ええっと…?


テキーラ先生:わ、湧かないよ!おいお前!適当な事を言うな!


マリリカ:戸惑ってるところをみると、当たってたって事じゃなーい?


ナイゼン:まあまあ、男は誰しも勘違いを抱えているものさ。この百戦錬磨のナイゼンだって、勘違いから生まれる愛の一つや二つ…


テキーラ先生:違うって言ってるだろ!


アスカネ:じゃ、じゃあ…


ナイゼン:ん?


アスカネ:じゃあ、あの人が、悪さしなくなるような事、打ち明けます…!


ナイゼン:え?


テキーラ先生:悪さしなくなるような事…?


ミヤビ:もしかして…


アスカネ:皆さん、僕を彼女とか、女性って言ってくれてますけど…


ナイゼン:うん…うん?


アスカネ:僕は、男なんです!!


(間)


テキーラ先生:え…?


ナイゼン:は…ハハハ…いや、何、言ってるん、だい?冗談が、上手い、なあ、アスカネさん、は


アスカネ:本当です


ナイゼン:え…と、え?んと?…付いてるって事?


アスカネ:付いッ…はい


ナイゼン:そ、そんな馬鹿な、このナイゼンが男と女を見間違えるわけが


ミヤビ:本当ですよ


ナイゼン:はえっ?


ミヤビ:あらかじめ自分は男だって、電話で依頼の受付した時に聞きました


アスカネ:僕、声は高いし、線も細いから。ならいっそ女性として生きてみたらどうなるんだろうって思って、「電脳寺キラキラ」を始めたんです。そしたら凄く人気が出てしまって…


ナイゼン・テキーラ先生:…はああああああああああ!!!!????


クライル:そ、そうだったですか…申し訳ない、すっかり勘違いしておりました。無礼をお許しください


アスカネ:い、いえそんな…顔を上げてください!


マリリカ:私は気づいてたわよ?だって歩き方とか所作(しょさ)?が少し違和感あったっていうか


テキーラ先生:あが、あがが…


ナイゼン:このナイゼンが…この百戦錬磨のナイゼンが…あばばばばばば


ミヤビ:まあまあ、元気出してください。っていうか泡ふかないで下さい。人間なんですから、ミスの一つや二つありますよ


ナイゼン:…そーお?ナイゼン、まだ頑張れる?


ミヤビ:幼児退行してしまった…


ナイゼン:…はっ!もしアスカネさんが男でも…あれが、あーなって、こーなって、そーなって、どーなるから…えー、あー、ええいああー…OK!大丈夫!


ミヤビ:もう復活した…


ナイゼン:覚悟完了!アスカネさん、僕はいつでもカマンだよ!さあ、二人で禁忌の扉をこじ開けよう!レッツトライ!


ミヤビ:あー…ナイゼンさん、その隙はもう無いようです


ナイゼン:え?


マリリカ:あれ。見てみ


アスカネ:あの、クライルさん。さっき、カッコ良かったです!そんなに強くて優しくて、人のために怒れるなんて、尊敬します!


クライル:いや、その、お恥ずかしい…


アスカネ:良ければ今度、一緒にお食事いきませんか?色んなお話聞きたいです!これ、僕の連絡先です!


クライル:はあ…あの、感謝致します…?


マリリカ:おーおー惚れこんじゃって。アスカネちゃんって好きな人にグイグイ行くタイプだったのね


ミヤビ:好き…男同士ですよ?


マリリカ:そんな事、些細な問題よ。ほら、そこのナイゼンだって、ついさっき性別の壁、超えようとしたでしょ?


ミヤビ:まあ、確かに


アスカネ:クライルさん…!


クライル:あー…その、どうしたらいいのか…


ナイゼン:…そ、そんな…アスカネさん…あああああああああ!!


ミヤビ:本気の咆哮(ほうこう)だ…


(間)


ミヤビ:(ナレーション)こうしてドタバタしつつ、今回の事件は幕を閉じました。犯人は警察に連れていかれ、あの様子では二度とアスカネさんに近づくことは無いでしょう。そうして、数日後


(間)


ナイゼン:…イジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジ…


ミヤビ:…どうしたんですか、クライルさん。スマホの画面じっと見て


クライル:うむ…先日の一件から、アスカネさんからDMを何通か頂いてな…


マリリカ:ヒュー、モテモテじゃない、クライルちゃん


ナイゼン:…イジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジ…


クライル:しかし、どう返せばよいのか迷っているのだ


ミヤビ:返信に困る内容だったんですか?


クライル:今度一緒に食事に行こうと…


マリリカ:いいじゃない!食事くらい行ってあげれば?喜ぶわよ、アスカネちゃん


クライル:うむ…しかし自分は外食をしたことがなくてな…


ミヤビ:そうなんですか?家が禁止しているとか…


ナイゼン:…イジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジイジ…


マリリカ:あーもう、うるさいッ!!(モノを投げる)


ナイゼン:(当たる)イジッ!?


ミヤビ:あーマリリカさん、折角みんなで無視してたのに


ナイゼン:酷くない!?こんなに構ってオーラ出してるのにさ!


マリリカ:大の男がフラれたくらいでイジイジしてんじゃないわよ!鬱陶しいったらありゃしない!


ナイゼン:…ほっといてくれたまえ。器の小さい男が隅っこで凹んで何が悪い


ミヤビ:さっき構ってオーラ出してるって言ってたのに…


クライル:ナイゼン、そろそろ機嫌を直してくれ


ナイゼン:機嫌って…。あれ、電話?…はい、もしもし…この声は、マリー!?久しぶりだね!どうしたんだい、急に電話なんて…依頼がしたい?どうぞどうぞ!このナイゼンにかかれば難解事件の一つや二つ!そして解決したあかつきには君とのデートを…


ミヤビ:もう立ち直った


マリリカ:別の女性を見た途端、この態度…これだからコイツは信用ならないのよ。あの時だって…


クライル:あの時?


マリリカ:…なんでもなーい


ミヤビ:はい、依頼者が来ますよ!準備しましょ!まずは掃除から!


ナイゼン:へーい


マリリカ:はーい


クライル:うむ


ミヤビ:(ナレーション)そうして、これから来る依頼でもドタバタする事になるのですか…それはまた別のお話。僕らのいつも通りの一日が、始まるのでした

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?